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公開 2017年04月25日  

「まっすぐ帰りたくない…」得意先にも妻にもキレられる、俺の土曜出勤/連続小説 第2話

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クライアントへの謝罪で急遽土曜日に出勤した満の半日。


>【第一話】から読む

市ヶ谷駅近くにある坂道――。

私服の人たちに混じって、スーツ姿の人たちも行きかっている。

その坂の途中に洋服の通信販売を行っている「株式会社セノーチェ」の19階建てビルがある。

ビルの三階には販売促進部があり、だだっ広いオフィスに100席ほどのデスクが並ぶ。

土曜だというのに二十名ほどの社員が出社し、新商品について話し合っているその声は活気に溢れている。

うって変わって企画三課の会議室。

そこでは時が止まったかのように、大人三人が黙り込んでいた。

むちゃくちゃ、キレてる…。

一人はスタイリスト派遣事務所「株式会社フリープラン」でマネージャーをしている俺、円田満、三十六歳。

その隣にはフワッとしたくせ毛パーマをかけ、度なしのお洒落眼鏡をかけた二十六歳・ケンゾーが座っている。

ケンゾーは俺と同じ会社でスタイリストをしている。

そして問題は俺の向かいの席……。

綺麗に化粧をし、真ん中わけの栗色の髪の毛をきちんと整えているものの、目の下のクマが隠しきれない疲れを醸し出しているセノーチェの女性社員・岡田氏。30代前半だろうか。

岡田はデスクの上にある焦げたチュールを見て、大きなため息を吐く。

岡田  「これまだ試作品で一点ものなんですよ」

   「…申し訳ありません」

ケンゾー「今回のアシスタントは新人だったので」

岡田  「それ! こちらには関係ないですよね?」

   「…申し訳ありません」

カタログやネットに載せる服の撮影のため、今回セノーチェはフリープランにスタイリストの派遣を依頼していた。

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撮影の時は、どんな物にもアイロンをかけて綺麗にするのだが、靴やナイロン素材のもの、チュール系は焦がしやすい。

ケンゾーにつけたアシスタントが新人だったため、うっかり…やってしまったのだった。

岡田  「ケンゾーさんの評判を聞いて、今回フリープランさんにお願いしましたけど、次回はないと思ってください」

   「あの、次回はちゃんとしたアシスタ(ントを)…」

岡田  「ちゃんとしたってなんですか? じゃあ今回はちゃんとしてない人をつけたんですか? 失礼じゃないですか?」

   「……」

反論する隙間さえもらえない勢いで責められ、俺はふと今朝のキリコを思い出した。

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   「今日クライアントに謝罪に行くことになったから。料理教室だ(よね?)…」
キリコ 「はぁ? じゃあ誰が奏太を見てるの? 奏太も連れていけって言うの? パン作るのに? パン作りながら奏太の相手出来ないよね? 追いかけまわしてたらパンなんてこねられないよね? え? こねられると思ってるの?」

(キリコも、めっちゃキレてたな、あー憂鬱…)

ケンゾー「次回はアイロンかけも僕がやりますので」

まっすぐにクライアントを見て話すケンゾーを横目に、俺の頭は躊躇なく下がる。

   「…よろしくお願いします」

その時、自分の足元が見え、左右の靴下の色が微妙に違うことに気づく。

(濃~い紺と黒。あれー、いつどこで間違えた?)

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「検討します」という返事をいただき、俺とケンゾーはビルを出た。

外は春の陽気でこのまま旅にでも出たくなる。

土曜だというのにスーツ姿の人たちとすれ違いながら心で「お疲れ様です」とつぶやいてみる。

(料理教室は12時までだったよな)

俺は腕時計をちらりと見る。現在11時4分。

このまままっすぐ帰れば、誰もいない家を満喫できるが、あとから帰宅するキリコに何を言われるか分かったもんじゃないし、かと言って苛立ったままのキリコがいるBun’kitchenに向かう気には到底なれない。

俺だって、怒られることから休みたい。

ケンゾー「めっちゃキレてましたね」

   「え!?」

ケンゾー「…クライアント」

   「あー…うん、そうだね」

一瞬、ケンゾーに心を読まれたかと焦りながら、そんなことあるかよと自分を笑い、駅まで歩く俺の目は通り沿いのコーヒーショップばかり見ている。

(料理教室が終わるまでコーヒー休憩がベストだな)

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   「あー、俺、ここに寄っていくから」

ケンゾー「じゃあ僕も」

ケンゾーは店内に入ると、レジに向かい、笑顔が素敵な店員のお姉さんに「テイクアウト二つ」と言った。

その言葉に耳を疑っていると、ケンゾーが俺に笑顔を向ける。

ケンゾー「一緒にBun'kitchen行きますよね? ちょうど終わるころに間に合いますよ」

何の疑いもの無い澄んだ瞳で見つめられ、俺の本音はお腹の中に沈んでいく。

(行きたくない、行きたくない、行きたくない…)

   「そ…だね。今日はパンだったね…」

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テイクアウトした苦いコーヒーを飲みながら、桜並木を歩く。

今年は咲くのが遅かったけれど、昨日から風が強いので散るのは早そうだ。

ケンゾー「こんないい天気の土曜日にただただ頭を下げに行くなんて、イヤになっちゃいますね」

   「そうだねー。でも仕事だしね」

ケンゾー「唯一の救いはこれからさっちゃんに会えることだなぁ。さっちゃんの作ったパンを一緒に食べて…。さっちゃんが癒してくれるから、僕は頑張れてますよ」

   「おー、のろけるね。ご馳走さま」

ケンゾー「何言ってんすか。満さんは奥さんと子供がいて、ダブル癒しじゃないですか」

またも濁りの無い瞳を向けられ、俺は本音に蓋をする。

   「……うん」

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誰にも言えない心の声を短歌にして、勢いよくコーヒーと一緒に流し込んだ。

まさか今日の午後、円田家始まって以来の事件が起こるとも知らずに――。


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