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公開 2017年05月02日  

イライラしすぎて夫と話したくない時、私はテレパシーで文句を言う。/連続小説 第3話

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土曜日。急遽クライアントに謝罪しに行った満とケンゾーは仕事を終えると、料理教室までキリコと早智を迎えに行ったのだが……。


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ベーグルが焼き上がり、

Bun'kitchenの店内は良い香りで満たされている。

生徒それぞれが作ったベーグルを店主が取り分け、

「Bun'kitchen」と黒色のスタンプが押された茶色の紙袋に入れていく。

生徒1 「美味しそう」

生徒2 「けっこう良くできたよね」

生徒三名がニコニコと話す中、早智は持参した分厚い本を開き、掲載されているベーグルの写真と自分の作ったベーグルを見比べている。

本からは、たくさんの付箋が飛び出ている。

早智  「…やや丸みが足りていないということは、形成の段階でもう少し…」

ぶつぶつ言っている早智の横で、自分のベーグルを待っていると、

奏太が私の足元に絡みつき、トレーナーの裾を引っ張ってくる。

奏太  「ママ~、べーぐ見せて。べーぐ」

キリコ 「分かったからちょっと待ってて。今もらうから座ってて」

自作の不恰好なベーグルを受け取っていると、Bun'kitchenのドアが開く。

そこには細身のシャツを着たケンゾーと、疲れた表情の夫・満が立っている。

早智、キャラ変

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早智  「あ、ケンちゃぁ~ん♡」

早智はケンゾーに気づくと、とろけるような声を出し、まるで跳ねるようにしてケンゾーに走り寄った。

キリコ 「………ほら、パパきたよ」

私の言葉でパパの存在に気づいた奏太は夫に駆け寄る。

奏太  「パパ~♡ べーぐ、つくったよ。べーぐ」

   「べーぐ? べーぐってなに?」

生徒1 「ベーグルです」

   「あー…」

(パパが仕事になったせいで、私のベーグルはイライラで変な形よ。まさに私のいまの精神状態を表したベーグルだよ。よーく見てほしいもんだね。)

夫に視線は送らず、怨念にも似たテレパシーを使って、夫に文句を送る。

ケンゾー「キリコさんは、ベーグル作りどうでした?」

不意にケンゾーに声を掛けられ、ハッとしてテレパシーを止める。

キリコ 「あー、うん。けっこう簡単だったよ。早智ちゃんは研究熱心だから、作り方とか調べてきてたみたいで、先生に『教える必要なさそうですね』って言われてたよ」

早智  「褒められちゃった♡」

キリコ 「…褒められてたのかな。うん、そうだね、褒められてた」

ケンゾー「さすがだね、さっちゃん!」

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私は無理やり口角を上げ、笑顔を作る。

さきほどまで怨念を送っていた割りにどうにか外面をキープできていると思う。

ケンゾー「じゃあ、さっちゃん帰ろうか」

ケンゾーは大きな手で早智の小さい…とは言えないやや大きな手を握る。

早智は頬を赤らめ、目の中に大きなハートを作ってケンゾーを見つめる。

早智  「うん♡」

ケンゾー「それじゃ」

ケンゾーが私と夫に頭を下げると、二人はラブラブなご様子で帰って行った。

キリコ 「……」

   「……」

私が無言で夫に近づくと夫は奏太を抱き上げ、

暗黙の了解で円田一家もBun'kitchenを出た。

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Bun'kitchenから少し大きな通りまで歩き、私たちは埼玉県川口市方面に行くバスに乗り込んだ。

荒川を渡って北区赤羽のお隣、川口市元郷に私たちの家がある。

家がある、と言っても分譲マンションを賃貸している状態で、

奏太が幼稚園入園前までに私は一戸建てを買いたいと思っている。

幼稚園の願書提出までもう一年もないというのに、

夫は家購入について真剣に考えてくれている様子がない。

どうするつもりなのか。私は聞くことにも疲れ始めている。

(こーゆーのを「暖簾に腕押し」っていうんだよね。あと「豆腐に釘」だっけ? あれ、豆腐じゃないか。)

混みあっているバスで私たちは一番後ろの席に座った。

窓際に夫、その膝の上に奏太、その横に私。逆側の窓際に座っている人が出入りするたび、私は立ち上がらないといけないポジションである。

乗客1 「すみません、降ります」

キリコ 「あ、はい」

乗客2 「すみません、座ります」

キリコ 「…はい」

(今日はとことんこんな日なのね。早くラッキースーツの牛乳プリンを…)

   「奏太もパンこねこねしたの?」

奏太  「こねこねしたの」

(してないし)

   「楽しかった?」

奏太  「うん! 楽しかった」

   「よかったね」

(その言葉は聞き捨てならない)

言わせてもらおう

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キリコ 「良くないわ。もうね、奏太、お店の中を走り回って大変だったんだから。独身の人とか、子供いるけど今日だけは子供を預けてゆっくり作業したい人とか、そういう人が料理教室に来てるんだよ。子連れでバタバタしながら行くなんて迷惑なの。イヤな顔されたりするんだから。もう行きづらいよ」

   「でもベーグル作れたんでしょ?」

キリコ 「それはさ、最後に東西線の動画を見せたからでしょ」

夫の返答にイライラしつつ、私はあることを思い出し、思わず声が出る。

キリコ 「あ!」

   「…ビックリした。急に大きい声出さないでよ」

奏太  「びっくーりした」

キリコ 「今日、料理教室のあとに赤羽の分譲戸建てを見に行く予約をしてたんだっけ…。パパと奏太にもあとから来てもらおうと思っての」

奏太  「パパー! ピーポーピーポー来たよ!」

   「救急車きたね」

奏太  「じーじが乗ってるの?」

   「奏太のじーじ? 違うよ。じーじは元気だよ」

キリコ 「…人の話聞いてる? どうしようかな、もうすぐ着くから、また乗って戻るか…」

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悩んで頭を傾げた私の目が、奏太の足もじもじをキャッチする。

キリコ 「…奏太、おしっこ行きたいんだね」

奏太  「行きた、ないよ」

キリコ 「明らかにもじもじやってるじゃん! 家まで我慢できる? パパ、バスが着いたら奏太を抱っこでダッシュね」

奏太  「パパー! お花、きれいだね」

   「本当だー。桜きれいだね」

キリコ 「…って聞いてないし」

二人の態度に呆れて私も窓の外を見る。ここの桜を見るのは今年で何度目だろう。

夫に出会った六年前の春もこの桜を見ていたはずだ。

あの頃、フリーライターだった私は執筆に煮詰まるとBun'kitchenに行っていた。料理教室の第一回目の出来事を夫はまだ覚えているだろうか。

(そんなことより、戸建ての見学はキャンセルしよう。もう間に合わない…。でも牛乳プリンだけは買って帰ろう…)

本日のラッキースイーツを食べてツイてない今日をみごとに終わらせる。それしかない。

…と思っていたのに、まさかこの後、牛乳プリンを食べるどころではない騒ぎになるとは――。

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