全然効き目のない子守唄をやめて、
自分の好きな音楽をかけてみたら、
ちょっとだけ晴れやかな気分になった。
その翌日、「自分に立ちもどれる場所」という
コノビーサロンを知り、参加することに…。
「お母さん楽しそう」と思ってもらえる、母になりたい / 最終章
14,070 View産後出会った人々や、いくつもの本からヒントを得て、「母親」以外の“私”を思い出した。私は私のままで「お母さん」になれるかもしれない。
大丈夫。悪いことしてるわけじゃない
出産から2ヶ月が経ったある朝。
コノビーサロンに参加するため、家を出た。
自宅から1時間、娘を連れて初めての遠出。
しかもサロンには
母親がひとりで参加するというルールがあり、
子どもは2時間別室の託児スペースで
過ごすことになる。
遠出も初めてなら、誰かに預けるのも初めて。
生後2ヶ月の子どもを連れて
雑踏のなかに出かけていったり、
ベビーシッターに預けたりすることは
大丈夫なんだろうか。
誰かに知られたら、
「こんなに小さいのにかわいそうに」って、
非難されるんじゃないだろうか。
当日の道中でも、
何度もそうした不安が頭をよぎったけれど、
そのたびに私は、子守唄をやめ、
自分の好きな歌を歌った日のことを思い出して
その不安を打ち消した。
「大丈夫。好きな歌を歌うのも、
誰かに子育ての協力をしてもらうのも、
全然悪いことじゃない。」
これまで子ども最優先の生活を送っていたので、
たった数時間のことでも、
自分の都合で娘を連れ出したり
誰かに預けたりすることは、
自分自身に何度も言い聞かせる必要があるほど、
私にとっては勇気が要ることだった。
だけどやっとの思いで出かけたことで、
産後ほとんど離れることなく
過ごしてきた私と娘、
二人のあいだのまったりと沈殿したような空気に、
この日、一気に外界のまぶしさや
賑やかさが流れ込んできたように感じて、
ずいぶん視界が明るくなったのだ。
主語は「わたし」で話すこと
サロンには、初産で子育て中の女性が
私を含め6名集まり、
3ヶ月に渡って
テーマや切り口を変えてひたすら話し、
そして聞くことを繰り返した。
自分の好きなもののこと
パートナーのこと、
妊娠中のこと、出産のこと、
産後のこと、育児のこと。
自分のこれまでのこと、
今のこと、未来のこと。
その時その時の自分の気持ち。
それは、子どもを授かってから
「○○ちゃんのママ」として見られてることが
圧倒的に多くなる私たち母親が、
それぞれがひとりの人間として出会って、
話をする時間だった。
毎回サロンの冒頭では、
こんなことが呼びかけられた。
「主語は“わたし”で話すこと」
初めは、改めて念を押される意味が分からなくて、
自分の身の回りのことを話すなら
それは当然のことじゃないか、と思った。
しかし、いざ何か話そうとすると、
自分以外のものを主語にしてしまいたくなることが
意外と多いのだ。
とくに、生活の多くを占める
子育てについて話すとき、
子どもや夫を主語にして
「〇〇がこうしたから、物ごとがこうなった」
という、自分不在のセンテンスばかりが
浮かんでくる。
自分を主語にして話すということが、
自分にとって
当たり前でなくなっていることに驚いた。
これは単に文法上の主語を何にするか、
という問題ではない。
始まったばかりの子育ては
自分ではコントロールできない部分が多すぎて、
知らず知らずのうちに
自信をなくしていたように思う。
今日は、子どもが泣いてばかりで
家事が全然進まなかった。
今日は、出かけようと思っていたけど、
夫が協力してくれないから、諦めた。
出産前なら当たり前にできていたことが、
どういうわけかままならない。
ひとつひとつは小さなことだが、
そんなことばかりが続くと、
蝕まれるように自信を失っていった。
でも、その自信のなさから
「子どもがこうだったから、こうなった」
という文だけを連ねて描写したとしたら、
私の1日の主導権は、
私の手から離れてしまっている。
私は、主語を「わたし」にするという
サロンのルールを、
自分の毎日の主導権を取り戻すことだと受け取った。
できる方法を、考えてみよう
自分の毎日の主導権を取り戻すためには、
どうしたらいいのだろう。
考えた結果、日々の中に、
自分自身の意志でやったと言える部分を
増やすことだと思った。
子育て中はどうしても子どもの都合に
左右されることが多いのは事実だが、
その中でも「私がやりたいから、これをやった」と
言えることを増やすのだ。
たとえば、趣味の美術館めぐり。
出産前は毎月あちこちの企画展を
チェックして出かけていたが、
出産してからは考えてもみなかった。
産後4ヶ月が経つころ、
好きな作家の展覧会が開催されることを知り、
なんとしても行きたいと思った。
ふと思いついて
「○○美術館 託児」で検索してみると、
託児サービスがあることが分かり、
利用することにした。
3時間の預かり時間のあいだに、
ひとりでゆっくりと展示を見て、
美術館のカフェでお茶を飲んで、
かつてなくのびやかな気持ちで
子どもをお迎えに行った。
託児サービスを使うには、
事前に申し込みをする必要がある。
当日は、子どもを連れて慣れない街へ出て、
時間を合わせて預ける直前に授乳をする。
展覧会のチケットとは別に、託児料もかかる。
出産前と比べれば、
いくつかのハードルは確かにあり、
自分ひとりのときのような気軽さとは程遠い。
それでも「あれもこれもできない」と
嘆くのではなく、
ひとつでも多く「工夫すればやれた」という
成功体験に変えたいと思ったのだ。
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