夕飯を食べた後、1日はしゃぎまくっていた奏太はお風呂に入らず寝落ちしてしまった。
「奏太と一緒に寝ます」というキリがうちの実家の1番風呂にささっと入り、ささっと寝室に向かった。
「寝ます」と言ってもおそらくスマホで甘いものでも検索するのだろう。
俺は約束通り、江原とタカヒロと飲みに行くことにした。
21時。実家に黒色のベンツ・ゲレンデがやってきた。
助手席に江原、運転席にいるのは江原の妻だ。
俺は後部座席にいたタカヒロの横に乗り込んだ。
江原 「奏ちゃん寝たの?」
満 「うん。江原んとこの子は?」
江原 「3人ともまだ起きてるよー。おばあちゃんとものまねグランプリ観てる」
タカヒロ「うちの娘は嫁とライブに行ってるYO!」
満 「相変わらずだねー。娘は小…」
タカヒロ「シックス!」
満 「小6か、大きくなるの早いなー」
こんなに涙が出るほど笑ったの、いつぶりだろう。 / 第2話 side満
60,012 View12月のある土曜日。満の両親がラーメン店『おぼろさん』を引退する日、満・キリコそして息子の奏太は新幹線に乗り、満の実家のある岐阜へ来ていた。実家でお昼ごはんを食べながら、満は兄ツヨシから「地元に家を買え」と熱く語られる。
そして夜、満は地元の友人である江原とタカヒロの3人で飲みに出かける。
第2話 side 満
ゲレンデは細い路地に入り、古びたビルの前に停まる。
そこにはこじゃれたレストランがあった。
ビル1階の店舗から優しい光が溢れ、ターコイズブルーのドアを間接照明が照らしている。
いつの間にこんなものができたんだ。
タカヒロ「すげぇ美味いんだよ、ここのピザ。まさに神ワザ!」
江原の妻「帰りは?」
江原 「タクシー呼ぶよ。ありがとね」
レストランの名は「ポンテミルヴィオ」。
中に入ると、南欧風の可愛らしい雰囲気に一瞬めまいがする。
キリが好きそうなところだな…。これ男3人で大丈夫か?
ビールで乾杯しなんだかんだ話しているうちに美味しそうな料理がどんどん届く。
満 「あー、このピザ、ほんと美味しい」
タカヒロ「うちのファミレスとは大違い。レンジでチンだから素早い。どうだい?」
江原 「やめて店長。自分でお店の評判下げるのやめて。ファミレスつぶれたらどうすんの。リフォームしてるおうちのお金が払えなくなりますよ!」
満 「タカヒロんちリフォームしてんだ?」
江原 「うん。うちが業者紹介したからかなり安くなってるよ」
タカヒロ「あざすあざす。地元の不動産王と子どもの頃から友達で俺は幸せざます」
満 「タカヒロんちの戸建てって、仲介したのも確か江原不動産だよね?」
タカヒロ「本当はこだわりの家、建てたかったけどねぇ。家を買う金で人生縛られたくねぇ。手ごろな建売を買いましたよねぇ」
満 「もう…10年くらい? けっこう払ったんじゃない?」
俺の言葉にタカヒロがふーっと息を吐き、『Funky Town』と書かれたキャップを取る。
少し寂しくなった頭皮が露わになったせいか、一気に素のアラフォーになる。
タカヒロ「いや……12年。上の子が産まれた年に買ったから。ローンはあと23年ありますよ~。払い終わる頃は…59? こえぇ」
江原 「お、シビアな話だと韻踏む余裕がないね。はは」
タカヒロ「みっつーはどうすんの? 早く買った方が良いよ~、長いよ~、ローン長いよ~、恐ろしいよ~」
満 「…脅かすの止めてよ」
タカヒロ「いやマジ、脅しじゃねぇし…」
疲れた顔をするタカヒロを見て、「俺たちも年を取ったんだな」と切ない思いが湧き上らなくもない。
江原 「みっつーがこっちに家を買うなら、全力で仲介するよ。そだ、すんげぇいい新築戸建てがあるよ。みっつーの実家の近くでさ」
江原はスマホを取り出し、えびす顔で物件を探しはじめる。
満 「ちょ…営業しないでよ」
江原 「なんだよー。じゃあ、ラインで送っとく」
タカヒロ「ははっ。仕事はえぇ。じゃあ、俺もなんかするかな。…なんだ?」
江原 「タカヒロさ、転職エージェントしてる友達がいるって言ってたじゃん?」
タカヒロ「おっ! K.Dのことね! じゃあ俺はK.Dに会った時に、みっつーがやってるような服関係の転職先がないか聞いてみるぜぇ」
満 「ちょっとタカヒロまで…。というか、K.Dってなに?」
タカヒロ「和男・土井」
江原 「でもなー、都会でキラキラ頑張ってるみっつーが地元に帰って来ちゃうのは寂しいよな。俺たちのカリスマお洒落番長だからさ」
満 「安心して。帰らないから」
タカヒロ「でももうアラフォーだし、真面目に考えたほうがいいじゃねぇの? 子どもの学費もかかってくるし」
満 「うーん、探してはいるんだけどね…探せば探すほど、本当に死ぬまで暮らしたい場所なのかーって思えてくるっていうかね」
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