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公開 2018年02月13日  

仕事復帰する。そう決めただけで、こんなに気持ちが変わるなんて。 / 第3話 sideキリコ(2ページ目)

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夏から引っ越し先の家探しを始めた円田家だが、理想の家とはなかなか出会えず、コレと思う家は手が届かない金額になってしまう。
夫・満の実家に泊まった夜、キリコは運命を感じた新築戸建ての家を購入するべく、奏太が幼稚園に入園する4月からライターの仕事を再開しようと決意するが…。


キリコ「………はっ」


寝間着姿の夫がいびきをかいて爆睡してる…。

今、何時? 

おそるおそるスマホを見ると、「3:33」。


キリコ 「ゾロ目~、ゾロ目~。………はぁ。仕事を請けたことを伝えてあったんだから、起こしてくれよ。…うぅ、寒い」


寝ている夫に完全なる八つ当たりを囁き、私は眠さと寒さに耐えられず二度寝することにした。

明日がんばる。明日…。ぜったい…。




――執筆しなきゃ! という焦る気持ちがあるものの、日々の家事や育児をサボる方法もなく、とにかくこなし、これはもう昨日のように昼寝をさせるしかない! 

奏太のお外遊びを長めにし、寝かしつけ作戦は成功した。



…しかし寝落ちより恐ろしい事態が起きた。


キリコ 「どうしよう…」


この4年半で私のライティングスキルはすっかり落ちてしまっていたのである。

でもそんな事情などお構いなしに、夫は終電帰宅だし、明日は川口つばさ幼稚園のプレがある。

ひとまず「ライターのキリコさん」はお休みしなければいけない。




翌日。プレ終わりに園庭で遊ぶ子どもたちを見つつ、私は焦りを吐き出すようにママ友たちに話を聞いてもらった。


文乃  「それは大変だねー! でもさー、家でやれる仕事を持っててすごいよ、キリちゃん」

   「そうだよ! 私もリョウが入園したらパートしてお小遣いを稼ぎたいなぁ。自分のお金で好きなものを買いたい!」

文乃  「だねー。私も子どもの習い事代くらいを稼げればいいなぁ」



ふと、入園後の自分たちが頭に浮かぶ。子どもたちは幼稚園に行き、ママたちはパートに出て、降園後もみんなそれぞれ習い事があったりして。

今みたいに一緒にいる生活も入園後は変わっちゃうのかな。なんだか寂しいなと思っていると、同じクラスのママが話しかけてきた。


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ママ  「あの…ハル子ちゃんって引っ越しちゃったんですよね?」

   「あ、はい」

ママ  「それであの…ハル子ちゃんって、願書キャンセルしたか知ってますか? その…入園金って戻ってきたのかなぁって思って」

   「あぁ」

ママ  「実は…うちも転勤になるかもなんです。入園金は払っちゃったから、ちょっと困ったなぁと思って…」

文乃  「それなら戻ってきたって言ってましたよ」

キリコ 「確か、返金不可ってプリントに書いてあったけど、9割返金してもらえたって」

ママ  「あぁ、よかったです。ありがとうございます」




ほっとした表情で去っていくママを見ながら、こんなギリギリに引っ越しするなんて大変だなぁなんて思っていると、スマホが鳴る。母・花代だ。


母は4年前、鹿児島の実家で一人暮らしをしているおばあちゃんが心配だと、栃木の家を出ていき、それ以来一度も戻ってきていない。

私の父は家事も育児も母に丸投げな仕事人間だから、母は愛想を尽かしたんだろうと私も姉も思っている。



この4年間、電話もたまにだし、メールも時々だし、考えてみたらこの半年くらい話してなかったのかも。

何かあったのかな? 少し不安になりつつ電話に出ると、気の抜けた母の声が聞こえてきた。

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花代  「あー、キリコ? お母さん、とうとうスマホにしちゃった。カメラで話したりもできるんでしょ? どうやってやるの」

キリコ 「……」


そんなこと携帯ショップで聞いてよと思いつつ、カメラ通話へ切り替える方法を教えると、画面に母の顔がアップになる。


花代  「キリコ、老けたねぇ! なんか疲れた顔しとるわ」


久しぶりに娘の顔を見た母の第一声って、それで合ってますかね?


キリコ 「……お母さんは肌ツヤいいじゃん。ストレスフリーなんだね」

花代  「あははっ!」

キリコ 「私はね今、ストレスマックスなのよ。超バタバタなの。奏太の幼稚園プレもあるし、それに今少し仕事しててさ。そんでまたパパも仕事が忙しくて。家の中もひどいことになってるし。そりゃ疲れた顔にもなりますよ」


大きくため息を吐く娘を母は嬉しそうに見ている。


花代  「いいじゃないの。じゃんじゃんやんなさいよ。子育てが終わったら、なんて言ってるとね、あっという間に年取って、仕事をやる気力も体力もなくなってくるから」

キリコ 「…そういうもんかね」


「いつ栃木の家に帰ってくるの? お父さんともう一緒に暮らさないの?」と聞こうとしてやめた。

私の足元にいた奏太が私のコートのポケットに小石を入れ始めたことに気づいたからである。


キリコ 「うぉい! こらっ!! お母さん、じゃあまたね!」



キャパオーバーの今、両親の心配までする余裕がない。

今日も夫の帰りは遅いのかな。仕事が終わらないから家事を手伝ってほしいのだけど…。


あぁしかし。夫の新規事業ってなによ。

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▶︎▶︎ 次回、第4話は、2/16(金)公開予定!

※ この記事は2024年09月27日に再公開された記事です。

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