満 「キリ?」
声をかけられて、うっすら目を開けると、夫はもうお風呂に入った後のようだ。
キリコ 「んー…」
満 「大丈夫? 顔赤いけど」
夫の手が私のおでこに触れる。ひんやりして気持ちがいい。
満 「おでこすごい熱いよ?」
キリコ 「んー…」
満 「ほら、体温計。熱はかって。」
キリコ 「んー…」
――ピピッ
脇に挟んだ体温計が音を鳴らし、私の体温が38.9度だということを教えてくれた。
満 「…うわ、熱あるじゃん」
キリコ 「………」
奏太のがうつったのかな? …いや、たぶん久しぶりに仕事抱えて気を張ってたから、それが一気に緩んだんだ。
うん、前にもこういうことあったな。
独り身の時は、宅配ピザとか頼んでさ、寝てればよかったし。結婚してからは夫が看病してくれたけど。
親になってから高熱出すとさ、ホント地獄。
どんなにつらくたって、育児と家事があって、それを放り出して寝ていたくても、出来ない。
ママに甘えたくて寂しがるわが子をほっとくわけにもいかないし、洗濯をしないと、熱で汗だくになったパジャマの替えがなくなってしまう。
ご飯がなければ空っぽの胃で薬を飲まなくちゃいけなくなるし、
月の食費を考えると家族全員分の出前ばかり取ってはいられない。
はぁ…。不幸中の幸いなのは、明日が日曜だという事。夫が休みで良かった。
満 「39度近いって…まさかインフル?」
キリコ 「いや…予防接種したし…違うと思いたい。…うぅ、今度は寒気がしてきた」
満 「……どうしようかな、俺は明日も休日出勤だし」
キリコ 「……え?」
満 「明日も行かないとでさ」
キリコ 「はーーーー? だって明日日曜日…」
満 「だから新規事業立ち上げ担当なんだって。明日は作業場の内見があって」
キリコ 「…だからって言われても…しらんわ」
ムリムリ。この状況ムリ。
満 「…母ちゃん、来てくれるかな…。もう仕事してないんだし、大丈夫か。ちょっと電話してみるわ」
おいおーい。ムリポイントを増やさないでくれませんか。
え、発熱プラス義母・真由美登場? 余計、熱出るわ。
キリコ 「……ちょっとやめてよ」
満 「どうして?」
キリコ 「…どうしてって…気を遣って疲れるに決まってるじゃん」
あなたにとっては大好きなお母さんでも私には他人ですから! ね!
満 「そんなこと言っても、どうするの? 2人に何かあったら困るよ」
キリコ 「…じゃあ休んでよ」
満 「………子どもみたいなこと言うなよ。電話しとくからね」
キリコ 「あー、ちょっと…!」
思い切り腕を伸ばし、立ち上がろうとする夫を捕まえようとしたけど、体の節々が痛すぎて、私の腕はまったく上がらなかった。
やめて、やめて、やめてぇぇ…。
公開 2018年03月02日
子育てしながら、自分が高熱になった時のつらさと言ったら…。 / 第8話 sideキリコ(2ページ目)
64,846 View4年ぶりの仕事の〆切の土曜日。原稿を仕上げるつもりでいたキリコだが、満が突然出勤することに。気合で子連れ取材に出かけるも失敗し、帰宅後、奏太が発熱。小児科に連れて行くと気管支炎と診断されてしまう。私のせいだ…後悔するキリコは原稿を仕上げることを断念し、RAIRAの神林に電話をする。妊娠するまでずっと仕事をしてきたけれど、こんなことは初めてだ…。
※ この記事は2024年10月15日に再公開された記事です。
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連載「家族の選択」
#8
さいとう美如
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