昨夜から高熱を出している私のヘルプのため、岐阜から義母・真由美が我が家にやってきた本日――。
これまでラーメン屋の仕事があったから、うちに単独で来るのも初、泊まるのも初、そして夫は今日も休日出勤…。
はぁ、頭が痛いけど、胃も痛い。
…いや、そもそも熱を出してる自分が悪いよ? それは分かってる。34歳にもなって自己管理できてないなんて…。
高熱の体で奏太の相手をするのは辛すぎるから、義母が奏太の相手をしてくれるだけでありがたいけど…けど…さすが横になんてなってられないよね? しんどい…。
39度超えの体で玄関に向かい、私は口角を上げる。
キリコ 「…お義母さん、すみません。大したことないのに、パパが電話しちゃって…」
真由美 「いいのよ~。奏ちゃんに会いたかったから。あー、これね、お土産。満からキリコちゃんが甘いもの好きって聞いたから、どら焼きと」
キリコ 「…ありがとうございます」
奏太 「おばあちゃん、しんかんせんに乗ったんだって」
キリコ 「…そうなんだ」
真由美 「7時くらいに家を出たから…今…」
キリコ 「…10時ですね」
真由美 「じゃあ3時間くらいか。そのくらいで来れるのね」
奏太 「ねぇねぇ、おばあちゃん、あそぼ!」
真由美 「はぁい。あ、キリコちゃん、あとこれ、私が漬けたたくわん。それとね、これお餅。冷凍しておいた方がいいかも」
キリコ 「あー…はい」
奏太 「おばあちゃん! こっちきて!」
真由美 「あとね、駅のパン屋さんでいろいろ買って来ちゃった。キリコちゃん、クロワッサン好き?」
ママを2時間休む。それだけで気持ちが軽くなった。 / 第9話 sideキリコ
41,545 View奏太の気管支炎に続き、39度の高熱になったキリコ。気を遣うからやめて…という願いも虚しく、明日も休日出勤の満は、岐阜でラーメン屋を引退した母・真由美にヘルプを出してしまう。真由美は円田家に来るのも泊まるのも初めて。おばあちゃんが遊びに来てくれて喜ぶ奏太を横目に気が重いキリコだったが…。
第9話 side キリコ
キリコ 「はい…」
真由美 「それと」
奏太 「おばあちゃん! はやく!」
…うわー! みんな黙れぇい!
狭い廊下の中心で本音をさけ…びそう。
キリコ 「お義母さん! とりあえず荷物置いて座ってください…」
真由美 「あ、そうね。ありがとう。体調どう?」
『すこぶる悪いです。近年まれにみる体調不良です。ですので、少し落ち着いてもらえると助かります。というか、ほっといてほしかった…』
なんて言えるわけもなく。
キリコ 「…実は39度あります」
真由美 「大変! 横になってなきゃ」
…なれるなら、なりたいですけど。
奏太 「おばあちゃん!」
真由美 「はいはい。奏ちゃん、パズル買ってきたよ」
奏太 「ぱずる?」
真由美 「おばあちゃんとやってみようか?」
奏太 「うん! やるやる!」
真由美 「キリコちゃん、今のうちに病院に行っておいで。お昼ご飯も適当に買ってきたから時間も気にしないで大丈夫だからね」
キリコ 「え…でも」
真由美 「大丈夫。そのために来たのよ。気にしないで甘えてね」
…いやー、でも大変ですよ? 奏太の相手。がっつり幼児の相手をするのは何年ぶりですか? 本当に大丈夫かな…。
そもそも奏太は私がいなくても平気なんだろうか。しゃがみこんで奏太に目線を合わせる。
キリコ 「ママ、お医者さんに行ってきてもいい?」
奏太 「いいよ! おばあちゃん、早くパズルやろう!」
見ない、一切私を見ない。パズルしか見てないし。
ソファーの上に散らばっていたチラシから市の広報誌を探し出し、休日診療の病院を確認した。
キリコ 「…今日は駅前の内科か」
広報誌から目を離すと、奏太と義母はすでにパズルを始めている。
奏太 「おばあちゃん、これはどこ?」
真由美 「うーん、ここかな?」
奏太 「おお、すごいすごい」
じゃあ、ママは着替えますよっと…。
ババシャツの上にセーター、タイツの上に靴下、ジーパン、ニット帽を深くかぶり、マスク。ダウンコートを羽織って、スヌードを首に通した。
すごいビジュアル。でもこれで寒さ対策は万全じゃ!
キリコ 「……じゃあ、何かあったら電話ください。鍵、ここに置いていきますね」
真由美 「はい、いってらっしゃい」
奏太 「ばいばーい!」
…あっさりしてらっしゃいますね。
得体のしれないモヤッとした気持ちを抱えつつ、私は自転車でフラフラと病院に向かった。
予想はしていたけど、「冬」「休日診療」という最強ダブルキーワードで病院は鬼混みだった。座る席もなく、立っている人たちに紛れて私も待つことにした。
久々の高熱でしんどいけど、子連れじゃないだけで、精神的にはかなり軽い。どんなに待たされてもイライラ、ソワソワする理由がない。
日常でなかなか出来ないスマホゲームやくだらない検索のネットサーフィンを楽しんでいれば、時間なんてあっという間に過ぎる。
そして診察の順番になり、その後、薬局で抗生剤をもらった。
時刻は12:53。
2時間かかったけど、その間「ママ」を休めた。毛穴が全部開きそうなほど気が楽だ。
あぁ…家に帰りたくない。まだ休みたい。
でもそうもいかない。
ゆっくりと自転車を走らせ、自宅に戻ると奏太と義母はお昼ご飯を食べ終えたところだった。
奏太は帰ってきた私に目もくれずテレビを見ている。…離れても意外と大丈夫なんだな。
真由美 「おかえり」
キリコ 「…すみません、すごい混んでて」
真由美 「休日診療は混むよね。食欲ある? キリコちゃんの分もあるから、食べられそうなら少し食べて」
キリコ 「…はい。ありがとうございます」
奏太が食べ終えた皿を持ってキッチンに向かう義母の背中を見る。…勝手だと分かっているけど、気が重い。
ありがたいとは思っているけど、やっぱり他人が家にいると気が張って休めない…。
奏太 「あ、ママ。おかえりなさーい」
キリコ 「…ただいま」
奏太 「ちゅうしゃしたの?」
キリコ 「注射はしてないよ」
奏太 「なんで?」
キリコ 「…なんでって言われてもなぁ」
手洗いうがいを済ませ、こたつに入ると良い香りの湯気と共に、義母お手製の味噌汁が運ばれてきた。
真由美 「冷蔵庫にあった大根と白菜とお豆腐使っちゃったけど、大丈夫だった?」
キリコ 「あ…はい」
奏太 「おみそしる、おいしいよ!」
真由美 「あとおにぎり。こっちが梅干しで、こっちが昆布ね」
キリコ 「ありがとうございます…」
あぁ、冷蔵庫、勝手に開けたんだー…。
そんなくだらないことにひっかかりながら、味噌汁を口にする。…美味しい。おにぎりも美味しい。
誰かに作ってもらったご飯をこの家で食べるのはいつぶりだろう。美味しい。
真由美 「お薬飲んだら、寝ちゃっていいからね」
キリコ 「え…でも」
真由美 「家事は適当にやっちゃっていいかな?」
キリコ 「…あ、はい」
本当にいいのかな? と思いつつも体が眠りたいと言っている。
2時間、1人でいて楽になった気でいたけど、やっぱりそれは気持ちの問題で、やっぱり体は相当しんどい。もう気を遣う余裕がない。
キリコ 「…ありがとうございます。なにかあったら起こしてください」
真由美 「うん。ゆっくり寝てね」
奏太が限界になってグズったらすぐ起きれるように、早く眠ろう…。
お昼ご飯を食べ終え、薬を飲んだ私は寝室の布団に倒れ込むようにして寝始めた。薬のせいなのか何なのか、夢も見ず深い眠りだった。
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