ママを2時間休む。それだけで気持ちが軽くなった。 / 第9話 sideキリコのタイトル画像
公開 2018年03月06日  

ママを2時間休む。それだけで気持ちが軽くなった。 / 第9話 sideキリコ(2ページ目)

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奏太の気管支炎に続き、39度の高熱になったキリコ。気を遣うからやめて…という願いも虚しく、明日も休日出勤の満は、岐阜でラーメン屋を引退した母・真由美にヘルプを出してしまう。真由美は円田家に来るのも泊まるのも初めて。おばあちゃんが遊びに来てくれて喜ぶ奏太を横目に気が重いキリコだったが…。


――ゆっくりと瞼を開くと、部屋の中は真っ暗になっていた。



今、何時? スマホを見ると「17:32」と表示されている。

私…4時間も寝てたんだ。



奏ちゃん、大丈夫かな? 起き上がろうとして、右隣に奏太が寝ていることに気づいた。

小さな寝息を立てている。その優しい寝顔に触れる。まつ毛は濡れてない。泣いたりしてなかったみたい。良かった。


そっと布団を出て、寝室のドアを開けると、キッチンから揚げ物のいい香りがしてくる。

パチパチパチと油の音、トントントンと包丁の音。誰かがご飯を作る音ってこんなに温かい気持ちにさせてくれることを、ふと思い出す。こんな気持ちになるのは子どもの頃ぶりかも。



キリコ 「…すいません、寝てしまって」



料理をしている義母に声をかけると、「起きた?」と微笑まれて、私はなんだか恥ずかしくなる。



真由美 「奏ちゃんといっぱい遊べて楽しかった~。ずっとね、遊びたいなと思ってたから」

キリコ 「………」

真由美 「お兄ちゃん家族には色々してあげられてたけど、満やキリコちゃんには何もしてやれてなかったからさ。奏ちゃんにもやっとおばあちゃんらしいことできて嬉しい」

キリコ 「………」

真由美 「今、温かいお茶入れるから、座ってて」

キリコ 「はい…」



言われた通りこたつに入り、夕方のニュース番組をぼんやりと眺めた。そして義母が入れてくれた温かいお茶を飲みながら、無意味に義母を面倒だと思っていた自分に恥ずかしくなる。

私にとって義母が他人であるように、義母にとって私だって他人なのに。それでもこうして接してくれているのに。



真由美 「夕飯、奏ちゃんがから揚げ食べたいっていうから、から揚げにしちゃったんだけど、キリコちゃんは胃に優しいものがいいよね。玉子雑炊でも作ろうかな?」

キリコ 「…すいません」

真由美 「どう? 体調は?」

キリコ 「よく寝たら、少しすっきりした気がします」



この1週間、体も心も頭の中もテンパっていたけど、少し落ち着きを取り戻しだした感じがする。


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真由美 「よかった。夜も薬飲んだら寝ちゃっていいからね。満の夕飯も作っておくから」

キリコ 「ありがとうございます」



なんだろうか、このゆったりした気持ちは。

抱えていた荷物を全部持ってもらえたような安心感。それが一時でも、あるかないかでは全然違う。


高熱を出していなかったら、きっともっと気を遣って疲れていたけど、本当にしんどかったから動けなかった。

その結果、義母に丸投げしたら別の世界が見えてしまった。ベテラン主婦に支えてもらう安定感。



そんなことを考えていると、自分の分のお茶を持った義母がこたつに入った。



キリコ 「寒かったですよね。すみません」

真由美 「ううん。うちより全然温かい。ほら、うちのキッチン、北側にあるでしょ」

キリコ 「あー、そうですね」

真由美 「ふふふ」

キリコ 「?」

真由美 「なーんだか、今日は初めてづくしで楽しい」

キリコ 「そうですよね」

真由美 「いつかこうしてキリコちゃんと二人でゆっくり話してみたいと思ってたのよ。ほら、満と知り合ったきっかけとか聞いたことなかったし」

キリコ 「あー…」

真由美 「男の子って年頃になると母親になーんにも話してくれなくなっちゃうから。それに満は高校を卒業してすぐに東京に行っちゃったしね。なーんにも知らなくて」

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奏太もいつか夫のように大人になる。今はまだだっこをせがむ奏太もいずれ、離れていく。

奏太のことが大好きな私の気持ちはずっと変わらないし、奏太のことを知りたい気持ちもずっと変わらないと思う。

だから義母の気持ちはなんとなく分かる気がする。



キリコ 「えっと…私とパパが出会ったのは、赤羽にあるカフェです。そこで料理教室があって、話しているうちに気が合って…。そんな感じです」

真由美 「そうなんだ。へぇ! 料理教室。あの子が」



義母はぱぁっと花が咲くように目を輝かせた。



真由美 「そんな趣味があったなんて知らなかったなぁ。縫物は昔から好きだったのよ。他には? もっと教えて」

キリコ 「あー、えーっと…。そうだ。写真ありますよ。…見ます?」

真由美 「見たい」



にこりと微笑む義母を喜ばせたくて、私はクローゼットの中にある段ボールから、古い写真たちを取り出す。もう何年もしまいっ放しだったな。



キリコ 「どうぞ」

真由美 「ありがとう」

キリコ 「あー、この頃、パパは金髪なんですよ」

真由美 「えー! 初めて見た」

キリコ 「なんかしっくりこなかったらしくて、一週間くらいで黒髪に戻したらしいです。あー、この服、パパが自分で作ったみたいですよ」

真由美 「あ、ナポレオンジャケット。懐かしい。高校生の頃も買ったやつを着てたのよ。近所にそんな服を着てる子はいなかったから、少し目立ってた。ふふ。あの子、本当に服が好きだったもんね」

キリコ 「販売員になってからはお店の服ばっかり着てたし、ここ数年は作ってないですけどね。ミシンもしまったっきり」

真由美 「そっかー」

キリコ 「私がパパと出会った頃はすでにマネージャーだったから、この頃のことは実際には見たことないんですけど、昔の写真を見せてくれて、いろいろ話してくれた時、とっても楽しそうだったから、きっと服が大好きだったんだろうなって」

真由美 「満の青春時代かしら。子どもの頃はおとなしい方だったから。でも野球はうまかったのよ」

キリコ 「そうなんですか?」

真由美 「うん、少年野球チームに入ってて…」



お互いに知っている「満」の話をした。それはまるで宝箱を見せ合うような楽しさがあった。

私もいつか奏太のお嫁さんと仲良く話せたらいいな。そんなことを思って、もう一度ちゃんと義母を見てみる。


この人だって、思いは同じだ。子を持つ同じ母親なのだから。それに気づけた今日は自分のこれからの人生にとってかなり意味のある日だ。高熱を出して良かった、とさえ、思えた。




そんな私とは対照的に、夫は切ない一日を送っていた――らしい。

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▶︎▶︎ 次回、第10話は、3/9(金)20時公開予定!

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※ この記事は2024年10月01日に再公開された記事です。

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