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公開 2018年03月20日  

妻が応援してくれた。それがなにより心強い。 / 12話 side満

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地元の友人でラッパーのタカヒロからの紹介で、転職エージェントK.Dこと土井から届いた名古屋のフォトスタジオの求人に心揺れる満。ワクワクする仕事内容だけど、転職するとなると今住んでいる川口から引っ越しをすることになる。給料も下がる。夢を叶えるために東京に出てきたのに。
迷いながらも満は、転職エージェント土井に連絡をとることに――。


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第12話 side 満

今日は1月にしては暖かい日で、早めの昼休憩に入った俺はふらりと会社を出て、パン屋に入った。


沢山のラインナップの中から、マヨベーコン玉子焼きパンとぐるぐるソーセージパン、かりかりカレーパンを購入。

誰かが言っていた、男の味覚は中学生のままだと。


   「あー、きもちいいな」


思わず声に出して、豊洲公園に向かった。広々とした敷地内にあるベンチに座ると、背の高いビルたちと運河が見える。

今日は風がないから、本当に気持ちがいい。

まぁ、気持ちがいい理由が天気の他にもある。

それは昨夜、キリとゆっくり話せたこと。



転職のこと、「はぁ? 名古屋?」とか言われちゃうかなって思ってたのに、応援してもらえて、素直に嬉しかった。

前は「余計なことは言わずにいよう」と思っていたけど、やっぱり日ごろからちゃんと話してると、お互いの気持ちがスムーズに入って来る気がする。

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   「…よし」


パンを食べ終えると、俺はスマホを取り出し、K.Dこと転職エージェントの土井和夫に電話を掛けた。ドキドキドキドキ…。


土井  「もしもし」

   「あ、どうも、お世話になってます。あの、円田満です。タカヒロの友達の」


俺の言葉に土井は少しの間を空けたあと「あー!」と声を出した。

そして俺が話を聞きたいと伝えると、転職する場合の流れを教えてくれた。


土井  「応募する場合はまず社内で、円田さんのスキルと募集先が欲しがっている人材がマッチするか検討します。その上で応募可能な場合は先方に履歴書を出して、それが通れば面接、となります」

   「あー…なるほど」

土井  「タカヒロから聞いてる感じだと、円田さんのスキルは問題ないと思います。社内審査は100パー、いや、120パーいけると思います。どうしますか? 社内審査に出してみますか?」


もし万が一、社内審査が通ったら…もう次は書類審査で、それも受かったら面接…それも受かったら採用…。

いや、そんなトントン拍子にいかないよな。

でも万が一、トントン拍子にいっちゃったら、もう転職なわけで、いいのか、俺。

今、この場で決断できるのか、俺…。



即答できずにいると、土井はそんな依頼主のフォローなんて手慣れた様子で語りかけてきた。


土井  「人生の大きな決断ですもんね。悩んで当然ですよ。不安もあると思いますし、一度フォトスタジオをを見に行くのはどうでしょう。とっても人気のお店なんですよ。なかなか予約が取れなくて」

   「へぇ…そうなんですか」

土井  「うちの娘も七五三で写真をお願いしたんですけど、嫁が1年前から予約してて、はは」

   「それはすごいですね」

土井  「どうしてもそこがいい、って人にはたまらないんだと思います。あと、正直なことをいうと実は時間があまりありません」

   「そ、そうなんですか…」

土井  「募集締め切りが今月の25日なので、2週間後ですね」

   「…。ちょっと考えます」

土井  「分かりました。またいつでも連絡ください。今度、岐阜に来るときはタカヒロも一緒に飯でも行きませんか?」

   「そうですね、連絡します。じゃあ」


電話を切って、冬晴れの空を見る。


   「土井さん、タカヒロの友達なのに、話し方が普通だったなぁ。まぁ、転職相談で韻を踏まれたら不安になるけど。…って、そうじゃないか」


あと2週間。後悔しないように、転職のこと、ちゃんと自分と向き合って考えてみよう。

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――その夜の食卓。

俺の放った言葉に驚いたキリが焼き魚の骨取り作業から顔を上げる。


キリコ 「え?」

   「だからね、今週末、名古屋に行ってみようかなって」

奏太  「なごやってなに、ママ」

   「名古屋っていうのはね」

奏太  「パパじゃない! ママに聞いてるの!」


…うっ。奏太の「パパきらい」モードはまだ地味に続いている。心が折れそうだけど負けない…。


キリコ 「名古屋っていうのは、おばあちゃんちの近く」

奏太  「へぇ!」

キリコ 「フォトスタジオを見に行くってこと?」

   「うん。いや、まだ全然、転職する気持ちが固まったわけじゃないよ? でも募集締め切りまで時間がないみたいだし。試しに、都内の転職先も検索してみたんだよ。でもこれっていうのがなくて。俺、転職したいっていうか、やっぱりフォトスタジオの仕事内容に惹かれてるのかなぁって」

キリコ 「なるほどね」

   「でさ、奏太」

奏太  「……」

   「こっち見て」

奏太  「なに!」

   「今度のお休みさ、パパと新幹線に乗らない?」

奏太  「え! 新幹線?」


ふてくされていた奏太の目が輝いて、俺を見つめる。奏太の目の中に俺がいる。嬉しい…。


   「うん。ここのところ、あんまり遊べてなかったでしょ。だからパパと2人で新幹線に乗ってさ、旅に出よう」

奏太  「旅?」

   「ルンルンルン♪ 旅に出よう♪ ぼくらの冒険に出かけよう♪」

奏太・満「ルンルンルン♪ おやつオッケー! お弁当オッケー! 出かけよう♪」

   「一緒に行ってくれる?」

奏太  「うん!」

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浮かれる男子2名を落ち着いた女子1名が何か言いたげに見つめている。

なに? 仲直りして、俺いますごい嬉しい気持ちなんだけど。


キリコ 「でもどうするの? お義母さんたちにはなんていうの?転職の話するの?名古屋に転職するって言ったら、地元に帰って来るってめっちゃ期待するよね。とくに、お義兄さん…」

   「言わない、言わない。期待させるようなことは言わないよ。奏太と仲直りするために新幹線に乗せた、とでも言うよ。大丈夫。それ以上、突っ込んでこないと思う」

キリコ 「うーん…。で、私は? どうしたらいいの? 私も行くの? その日は吉田さんと打ち合わせだし…」

   「どっちでもいいよ。たまには1人を満喫してもいいし。…まぁできたら一緒にフォトスタジオを見てほしいっていうのもあるけど…」

キリコ 「そっか。でも…1人を満喫も捨てがたい……!」


苦渋の選択に頭を抱えるキリにも奏太は容赦しない。


奏太  「ダーメー! ママも一緒にいくの!」

キリコ 「…え、でもママさ、その日お仕事の用事があって…」

奏太  「お仕事ってなに?」

キリコ 「うーん…えっと、いろいろ書いたりするお仕事で、そういうのをライターっていうんだけど…火をつけるやつじゃないよ?」

奏太  「わかんない!!」

   「ママはお勉強があるんだよ」

奏太  「おべんきょう? うーん…ママもお勉強おわったら来て」

キリコ 「……考えとく」

奏太  「ダーメー」

キリコ 「………うん」


とりあえず俺は土井に電話をし、週末子連れで地元に帰ることを伝えた。


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※ この記事は2024年10月12日に再公開された記事です。

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