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公開 2018年07月05日  

良い子と困った子は「大人の都合」で変わるのかもしれない。

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「良い子」の基準について考えてみました。


子どもの反応にも個性がある

1~2歳児にシールブックを渡した時、


「普通に遊ぶ子」と「シールがうまく貼れずにかんしゃくを起す子」と「全く興味を示さず走り出す子」がいてもそれは当然で、全く矯正することではないけれど…


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大人が「静かにしていてほしい」と思うシーンでは…


例えば、法事の席など静かにしないといけない場所になると途端に優劣が付いてしまいます…。

シールブックを渡され大人しく遊んで待っていられる子はしつけられた「良い子」

かんしゃくを起こす子や、走り回る子は「困った子」のような印象になることってありませんか。


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もちろん「法事では静かに!」と言い聞かせて効くわけもない年頃。

毎日毎日「駐車場では手をつなぐ」と言い聞かせても効果があるのは半年から1年後だというのに、一発本番の法事で静かにするのは至難の業です…。


「察する」「空気を読む」なんて上級技もまだ使えず、最愛のママが風邪で寝込んでいても無理やり目をこじあけようとする1~2歳児が見知らぬ誰かの「ホージ」とやらに気遣える訳もありません。

脳の前頭前野がまだ発達していないため幼児は自制心が利かず、「してはいけない」と言われたことを我慢できるようになるのは個人差はあれど3歳半~4歳頃からだそうです。


それに、法事の席でお母さんにひっついて大人しくしている子がいたとして、その子がよくしつけられていて「我慢」ができているのか?というとそんな訳はなく、

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大人しくしている1~2歳児の心境は

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こんなことを考えて「走り回りたい」という自分の欲求を制御しているのでなく、

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という「お母さんのそばにいたい」という自分の欲求にただ従っているだけの場合が大半じゃないでしょうか。


大人が「活発でいてほしい」と思うシーンでは…


逆に、法事でなく保育園の慣らし保育や園庭開放の場所だとしたら、知らない場所・知らない人たちの中にさっと入って活発に遊び出す子が「良い子」で、お母さんのそばから離れられない子は「困った子」という風になりがちです。

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2歳前後の「良い子」と「困った子」は、その場その場で「大人にとって都合がいいか、悪いか」というケースが多いように思います。


※ この記事は2024年10月29日に再公開された記事です。

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