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公開 2018年09月07日  

思春期の娘との悩みを、静かに打ち明けた/ 娘のトースト 5話

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中学校の中間テスト前。娘の唯が、小学校からの友達のありさちゃんとキスをしているところを目撃してしまった庸子は、気が動転してしまう。その時たまたま居合わせた会計士の中村さんと一緒に入った喫茶店で、庸子はこれまでのことをゆっくり話し始めた。


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宝箱?

聞き返そうとすると、コーヒーを持って店員がやってきた。2つのカップが置かれる間、私は黙ってテーブルの上を見つめる。

ふいに、さっき見た唯とありさちゃんの姿が思い浮かんで、それを振り払うようにあわてて首を振った。

「学校、今日は帰りが早いんですね」

顔を上げた私は、「そうなの、テスト前だから」とうなずいた。

中村さんは静かにほほえんでいる。その穏やかな笑顔にうながされるように、私はゆっくりと今までのことを話しはじめる。

春休みの手紙のこと。それからお互いギクシャクとしてしまったこと。それでも、最近は話をするようになったこと。

中村さんはただ黙って話を聞いてくれた。今まで一人で抱えていたことを話してしまうと、気持ちがずいぶん軽くなった気がした。

手をつけずにいたコーヒーに、ミルクを注ぎ、ゆっくりとかきまぜる。

「ねえ、庸子さん」

スプーンを置く私に、中村さんは優しく言う。

「あの時、唯ちゃんの宝箱を見つけた時、庸子さんは、ただ箱を元に戻したじゃないですか。

唯ちゃんを叱ったりもしなかったし、無理に理解をしめしたりもしないで、わからないことはわからないまま、丁寧にふたをして、箱をしまいましたよね」

わからないことはわからないまま。私は、中村さんの言葉を心の中で繰り返す。

「庸子さんのそういうところ、素敵だと思うんですよね」

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中村さんの相談

中村さんの言葉に、私は唯の小さな宝箱を思い出す。そう、たしかに、私はあの宝箱をただ開けて、そして閉じた。

「……そうだね」

つぶやくように返事をして、私は静かに目を閉じた。そして、一度深くうなずき、「ありがとう」と、かすれた声で中村さんにお礼を言った。

「あーあ、でも、唯のイケメン彼氏も見てみたかったけどなあ」

勢いよくソファにもたれながら、私は「あはは」と空気を吐き出すみたいにして笑う。しぶとく残る未練みたいなものを出し切るように。

「将来的にどうなるかはもう、神のみぞ知るというか、わからないと思いますよ、本人でさえ」

「唯なりの幸せ、なんて言いながら、勝手に期待しちゃってたんだよね」

「いや、親ってたぶん、そういうものだと思います」

いたわるような中村さんの言葉を聞きながらコーヒーを飲むと、やわらかな苦みが口の中にじわりと広がった。

「あの、前から庸子さんにお願いしたいことがありまして」

口調をあらためて中村さんが言い、私はカップから口を離す。なんでもどうぞ、という気持ちだった。

「実は、僕にはパートナーがいまして。男性なんですけど」

「ん?」

間抜けな声を出しながら、私はコーヒーカップをソーサーに置いた。ガチャンという音が、周りに響いた。

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バターで炒めたタマネギに小麦粉を入れ、温めた牛乳を少しずつ加える。ダマにならないように、ゆっくりとかきまぜる。

鍋の中の白をじっと見つめながら、さっきの喫茶店での会話を思い返す。

中村さんは少し緊張した顔でカミングアウトをすると、そのまま私に「お願い」について話をした。

なんでも、夏に身内で小さな結婚式を挙げる予定らしい。「もちろん、法律的な結婚ではないんですが」と、中村さんは説明した。

そして、私にその会場の装花をお願いしたいという。

「すみません、どさくさまぎれのお願いみたいになってしまって。驚かせちゃいましたよね」

「それは、まあ、すごくびっくりしたけど」頭を下げる中村さんに、私は正直に言った。

「でも、同性を好きになる人は左利きの人と同じくらいいるって、ネットにも書いてあったし」

私がそう言うと、中村さんは「ありがとうございます」と嬉しそうに笑った。

※ この記事は2024年12月07日に再公開された記事です。

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