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公開 2018年09月21日  

小さい頃は、全身まるごと抱きしめてあげられたのに/ 娘のトースト 7話(2ページ目)

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「結婚式で両親に渡す花束を作って欲しい」それが、中村さんから唯へのお願いだ。庸子はそれを、本人にどう伝えるべきか迷っていた。さらに具合が悪いことに、唯は今朝から元気がない。庸子はうまく話を切り出せるのか…。


花束の依頼

食べている間にも、雨は強さを増していく。

ほんとすごい雨、と言って、フロントガラスから外を見る唯の表情は、さっきまでよりずいぶんゆるんでいる。

今なら、言えるかもしれない。

「あのね、唯。ひとつお願いがあるんだけど」

ストローをくわえたまま、唯がこちらに顔を向ける。

「中村さんにね、花束をつくってあげてほしいの。今度、結婚式をするんだって」

「へー、中村さん、彼女いたんだ」

驚く唯の顔をちらりと見て、私はおにぎりをしっかりと飲み込み、話を続ける。

「彼女じゃなくて、彼氏、かな。中村さん、男性とつきあってるんだよ」

ズズ、と唯のストローが音をたてた。

視線を向けると、唯は、ゆっくりとストローから口を離した。

「それで、その人と結婚式を挙げることになってね。結婚って言っても、法律的なものとはちがうみたいだけど。ママ、その時のお花の仕事をお願いされてるんだ。それで、中村さん、唯に、ご両親に渡す花束をつくってほしいんだって」

「……なんで?」

「前に唯がつくった紫陽花とトルコキキョウの花束がすごく気に入ったみたい」

しばらく私を見つめていた唯は、静かにうなずくと、「わかった」とつぶやき、また黙り込んだ。

空になったらしいカフェオレのカップを、確かめるようにゆっくりと何度も振る。

「すごいね、中村さん。男の人と結婚するんだ」

「うん」

降り続く雨をじっと見ながら話す唯に、私も静かに返事をする。

雨は止むどころか、ますます強くなっていく。

雨音が鳴る車内は不思議とシンとしていて、ささやくように話すお互いの声もすごく近くで響く気がした。

「いいな」

ポツリと、唯が言った。

「でも、みんながそういう人と出会えるわけじゃないもんね」

雨を見つめて、唯は続ける。

「…あの時のね、手紙。あれ、ありさには渡せなかったんだ」

私はその横顔を見ながら、ただ唯の言葉を聞く。

「でも、中学でクラスは別れちゃっても仲良くできて。嬉しかったの」

何か言ったら、唯が話すのをやめてしまいそうで、私は黙ったまま小さくうなずいた。

「私が好きだってこと、絶対わかってたんだと思う。一緒に帰ろうって言ってきたり、たくさん話したり、手もつないだりしたし……」

私は、公園で見た2人のキスを思い出す。

「でも、なんか、向こうは、好きとかじゃなかったみたい」

私を見た唯は、困ったように笑った。

なんだか大人になってしまったようなその笑顔に、胸がぎゅっとなる。そう感じた次の瞬間、唯の顔がぐしゃぐしゃにゆがんだ。

「本当は、好きな男子がいるんだって」

小さく叫ぶように言って、唯は泣いた。声をかみ殺し、全身を震わせて。

何を言えばいいのかわからず、私はただ「唯、唯」と繰り返しながら、左手をそっと肩に置いた。

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雨音


ああ、なんて、なんて不便なんだろう。

もっと小さな子どもだったら、全身まるごと抱きしめて、「大丈夫、大丈夫。いい子、いい子」そう言うだけで、安心させてあげられたのに。

肩に置いた手を離し、私は唯の頭をそっと撫でる。

手のひらから熱くなった体温が伝わって、私は赤ちゃんだった唯を思い出す。あの頃も、びっくりするくらい体を熱くして、泣いていた唯。

「周りの子たちも、みんな好きな男子がいるの。つきあってる子たちもいるんだよ。私は、全然、興味ないのに。ママも、あの手紙、びっくりしたでしょう?イヤだった?」

何か言おうと開いた口に、涙が入り込んで、しょっぱい。いつの間にか、私の顔も涙まみれになっている。

なんて言ったらいいんだろう。話したいことも聞きたいこともたくさんあったはずなのに、こんな時にかぎって何も言葉が出てこない。

「……そんなこと、ないよ」

やっと出した声は、かすれてガラガラだった。のどのあたりで、涙と言葉と、なんだか熱いものが絡まっている。

私は、それを飲み込んでしまいたくて、ドリンクホルダーからお茶を手に取り、ごくごくと飲み干す。

「ああーーーーーーーー!!」

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目をつぶって思い切り叫ぶと、それに負けまいとするかのように雨音が強まった。

外は、もう豪雨だ。目を丸くした唯に、私は涙を流したままの顔で笑いかける。

「イヤだなんて、あるわけないでしょ。ママの方こそ、何もできなくて、ごめんね」

唯は相変わらず驚いた顔をしている。

「ねえ、唯も叫んでみたら? ほんの少しは、すっきりするかも。それで、すっきりしたら、ママが恋のアドバイスをしてあげる」

「何それ」

驚いたせいか、すっかり泣き止んだ唯は、声を出して笑う。

「ママだって大人だから、少しは役にたつかもよ」

「中村さんにフラれたクセに?」

「なにそれ、そういうのじゃないよ!あれは、山口さんが勝手に言ってただけで……」

そこまで言うと、私の言葉をさえぎるようにして唯が叫んだ。「ああああーーーーー!!」あふれる声が、雨に包まれた車内に響き渡る。

「ほんと、ちょっと、スッキリしたかも」

そう言った頬には、まだ涙が光っている。

それでも、唯は、楽しそうににっこりと笑っていた。

次回、ついに最終回!「中村さんの結婚式を経て、庸子と唯はどんな再スタートを切るのか?」

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※ この記事は2024年10月09日に再公開された記事です。

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