彼女とはじめて会ったのは、自治体が主催しているママ交流会で、私が産後2か月、彼女は産後3ヶ月の時だった。
私たちはすぐに意気投合して、お互いの家を行き来する関係になる。
彼女は一言でいうと、「みずみずしい人」。
明るく気さくで、話し上手であいづち上手で、一緒にいると心地いい。
美人だけど気取ったところはなく、もぎたての果実を連想させる、はじけるような笑顔の女性なのだった。
私の娘が5か月、彼女の息子が6か月の時に、同時に離乳食を開始した。
息子くんは出だしから、まったく食に興味がなかった。
だけど、交流会のママたちにも、はじめは子どもが嫌がったり、生活のサイクルにうまく離乳食を取り込めなかったりで、苦戦している人はたくさんいた。
シリアスに食べないことを気にしたり、検索魔になるママもいた中、彼女はおおらかだったように思う。
「まぁそのうち気が向いたら食べるでしょ」といった雰囲気で、「今日もハンストだよ~(笑)」と笑い飛ばしていたし、それは強がりではなかったはずだ。
そして10倍粥を1度も満足にのみこむことがないまま、2か月がたった。
その頃には2回食に進むママも増え、おかゆをまったく食べない子どもは周囲にいなくなっていた。
順調な子は、すでに食事らしい造形の肉や魚をたべる段階にも入っていた。
「たべない子」の親に会ったら、思い出してほしいこと
23,558 View低月齢育児において、睡眠不足が体力的にツラいことは広く認知されていますが、「子どもが食事をたべない」という問題は、親の精神に大きな負担をかけます。
離乳食が軌道にのらず試行錯誤していた、あるママ友の物語をコラムにしたところ、Twitterを中心に大きな反響がありました。
今回は個人のnoteで公開した記事を、再編集してお届けします。
出典:http://amanaimages.com/info/infoRF.aspx?SearchKey=10179007237その人は、「みずみずしい」女性だった。
「離乳食の進捗」がママ友関係に及ぼした変化
数多くある0歳児育児のトピックで、私が「離乳食」に特別感を覚えるのには理由がある。
それまで横一線の育児をしてきた出産時期の近いママたち。
もともとの友人でなかった場合のママ友たちの間には、やっぱり大きな遠慮や手探り感があって、とかく「子育ての方針」や「子どもの発育、容姿」にネガティブな発言をすることは、絶対タブーという空気感がバッチリ存在してる。
月齢が低いうちの大きな関心事である、「母乳の出」「子どもの睡眠時間」「クビすわり、寝返りの時期」といったトピックは、親のコントロールでどうにかなるものではないという理解が、すんなり全体に定着しているから、悩みを持っているママに対しても、「大変だね」「うちなんてこうだよ」と、さまざまな育児ケースが寛容に受け入れられていた。
育児自体にまだ慣れていない段階なので、よそのお宅のケースを知ることへの興味も強く、ママ集会の全員が「聞くこと」が上手だったように思う。
しかし離乳食は、情報を集める、調理する、生活に組み込む、といった「親の判断、工夫」が入り込む余地があるがために、「食べない=親の努力が足りていない」という判断をされがちだった。
注目の育児トピック第1位が「離乳食」になったママ交流会では、この傾向がほんとに顕著で、それまでは他のママの苦労に対して、耳を傾け同調していた流れが、一気にアドバイス合戦に変化した。
食べないことに悩むママのまわりには、調理方法、食材の選び方、食器やスプーンの素材、食事を楽しませる工夫、食事のタイミング案まで、多種多様な体験談が一方的に集まっていったのだ。
寝る寝ないと同じく、食べる食べないも子供の個性による部分も大きいはずなのに、「食べる子のママは食べない子のママよりも育児が上手」という価値観が、集団の中に突如出現し、パンデミックのごとく一瞬で浸透した。
なぜこのような現象が起きたのだろう。
話さない赤ん坊と長時間一緒にいることで、「話を聞く」というコミュニケーションスキルが目減りしたのだろうか。
とにかく、私の周囲では「うちはこれでうまくいった、こうしてみたら食べるんじゃない」という声かけが、頻発していたように記憶している。
「たべない」焦りは、彼女の心をジリジリ焼いた。
みずみずしい彼女は、性格がおだやかで素直なので、こうして集まるアドバイスを、片っ端から試してみていた。
お米の種類をかえたり、おかゆの作り方をかえたり、食器や食べる時間、環境をかえたり、時には数日離乳食を中断したりもしていた。
心打たれる甲斐甲斐しさであったが、それでも息子くんは食べなかった。
月齢に合わせて固形物や野菜、たんぱく質とすすめるべきなのか、それとも食べるまでペースト状を続けるべきなのか、8カ月の息子くんが答えるはずもなく、時間だけがすぎ、周囲はトリ肉や卵の調理法で盛り上がった。
さすがに彼女にも焦りが出た。
それは決して「せっかく用意したのに食べない」という不満ではなく、「このまま食べなかったら脳や体に栄養が足りず、発達が遅れていくのでは」という息子くんの未来を案じた不安だった。
いくつもの病院や栄養士さんに相談にでかけ、自身が小柄なことを気にしているご主人には「今日は食べた?」と悪気なく聞かれ、彼女は疲れていたように思う。
「離乳食がはじまるまでが、一番育児楽しかったな」とこぼした笑顔は、少し前のみずみずしさが嘘のようだった。
こうなってくると、離乳食の工夫以外にも、
「いつか食べるんだから気にしないで!」
「食べないってことは栄養足りてるんだよ、大丈夫!」
「作って捨てるのが嫌なら、レトルトにすればいいよ!」
といった、彼女の心持ちをポジティブ寄りにしようとする声かけが増えてくる。
私はこの状態をあまり好ましく捉えることができなかった。
もちろん、こういった声かけをするママたちは100%に近い善意からであって、優しくすらあるのだと思う。
そして私に向けた言葉ではないのだから、私が好意的にとらえないことも勝手な話ではある。
ただ、それでも思ってしまう。
これだけ苦労して、心を砕いて、努力を続ける人に対して、「ツライけど、自分の納得のいくまで頑張りたい」という気持ちを他人が修正してしまわないで、と思ってしまうのだ。
彼女が欲しかったもの、欲しくなかったもの
彼女の離乳食に転機が訪れたのは息子くんが1歳を越えたころだった。
誕生日用に作った、豪華で素敵な離乳食プレートの写真をみせてくれたのだ。
美しく、手が込んでいるのが一目でわかる。
雑誌に載っているような、特別なご馳走だった。
息子くんはやはりほとんど食べなかったと言うので、「こんなに美味しそうなのに!私が食べたかったよ!なんで呼んでくれなかったの!」といったことを写真を見ながら伝えたところ、彼女は泣いていた。
「おいしそう」なんて、いつぶりに言われただろう、嬉しい、そうだよね、食べてはもらえないけど、おいしそうだよね…?
みずみずしい、涙だった。
彼女が欲しかったのは、食べさせるためのアドバイスや食べさせたい気持ちをあきらめるさせる言葉ではなく、「おいしそう」の一言と、料理にこめた愛情を、認めてもらえる場だったのかもしれない。
彼女に数々のアドバイスをしたママたちの中に、実際に彼女の離乳食を「見せて」と言ったママは、果たしていたのだろうか。
その後インスタグラムに日々の離乳食をアップしだした彼女は、毎日2000人のフォロワーに「いいね」をもらっている。
あの日の「おいしそう」と同じように。
失恋したけど未練がある人に「次があるよ、前向こう」と諭すように、
女優になりたいけどオーディションに通らない人に「就職したほうがいいよ」とすすめるように、
本人が「まだ諦めたくない」と思っているうちに、より合理的で正しそうにみえる選択肢を突き付けることは、ときに重荷なのだ。
彼女は息子くんのために手作りの食事を作りたかった、そして食べてほしかった。
それが無理なら、努力を認めてほしかったのだ。
「作るのをやめる」は希望していなかった。
ひたすらに手料理を作る彼女は、愚直に見えたかもしれない。
でも、その行為が「あまり賢明ではない選択」であるかのような示唆は、誰も幸せにしていなかったんじゃないだろうか。
困っているママ友には、励まして鼓舞して、自分が知っている「うまくいった情報」をつい与えてしまいたくなる。
それを望んでいる人も、もちろんいるが、本人から「アドバイスがほしい」「どうしたらいいかな」といった問いがでるまでは、ただひたすらに話をきき、その人が「どうしたいのか」を一緒に言語化してあげることも、検討してみてほしい。
もしかしたら、その過程で、本人も気づいていない「困っていること」が見つかるかもしれない。
そしてその道は、幸せな育児への近道なのかもしれないのだ。
私もいっそう、気を付けていきたい。
相手が本当に欲しい物、本当に困っているものは、案外表面には出てきにくいものなのだから。
「食べない子育てがツラい」親の中でも、本人が望むことやかけてほしい言葉はちがう。
一方的なアドバイスや励ましをするよりも、「その人、その育児」の問題はなにか、一緒に考える人でありたい。
息子くんは2歳になった。
あいかわらず食べ物に興味はないが、彼女の笑顔は2年前に出会ったときより、今日のほうがみずみずしい。
文:コノビー編集部 瀧波和賀
編集:コノビー編集部 渡辺
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