毎日掃除をしていると、息子が真似をして掃除をするようになった。
毎日写真を撮っていたら、息子が真似をして写真を撮るようになった。
もちろん何をやっても「すごいなあ」「上手だね」とほめるので、息子は喜んでやる。
「子は親の鏡」という言葉は本当だったのだ。
先日、バスに乗っていたら、降車のときに運転手さんにお礼を言うよう、子どもに促している母親がいた。
幼稚園にあがるかどうかくらいの小さい子だ。
「ほら!ありがとうは?」
まるで怒るような、少しきつい言い方だった。
「ありがとう」というのは優しい言葉のはずだが、マニュアルを厳しく教え込んでいるようで、違和感があった。
指示なんかしなくても、母親が毎日バスの運転手さんやコンビニの店員さんに対して「ありがとう」と笑顔で言っていたら、自然と子どもは真似をするのではないだろうか。
親は子どもにいろいろなことを教えようと意気込んでいるが、子どもはさりげなく、親にたくさんのことを教えてくれる。
「いい写真ってなんだろう。」答えは息子が教えてくれた。
25,186 Viewガンで余命宣告を受けた35歳の父が、2歳の息子に伝えたい、大切なことを記した書籍『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』(PHP研究所)。写真家・幡野広志さんの尊いメッセージを、ご提供いただいたお写真(奥様撮影)とともに、2つの記事でご紹介いたします。
息子が教えてくれたこと
息子は僕に、ずっとわからなかったことも教えてくれた。
それは「いい写真とはなんだろう」という、写真家である僕にとって大きな問いだ。
18歳でなんとなく写真を撮りはじめ、学校で学び、師匠に出会って、働きながら修業もした。
地味な仕事も、きつい仕事も、かなり気が進まない仕事もカメラを使ってしてきた。
お金にならないけれど心の底から撮りたい写真も、ずっと撮り続けてきた。
大きな賞をもらえた写真も撮ったし、恥ずかしくてもう見たくもない下手な写真も撮った。
それなのに「いい写真とはなんだろう」の答えは出てこなかった。
ガンとわかってからは、僕が死んで何年かたって息子が写真を見たとき、「お父さんは僕のことを愛していたんだな」と伝わることを願って撮影している。
今の僕の心境を息子に伝えたい。
そのために毎日、撮影している。
笑った顔がかわいい。
夢中で『きかんしゃトーマス』の絵本を見る横顔がかわいい。
初めて温泉に行って浴衣を着た姿がかわいい。
何をやっても、たまらなくかわいい。
「いい写真ってなんだろう」とずっと考えていたけど、息子が教えてくれた。
撮影者の伝えたい気持ちが正しく伝わる写真のことなんだと、ようやく気づいたのだ。
気づくのが遅いけど、まだシャッターが押せるので、間に合わなかったわけではないだろう。
34歳でガンになるのは、早すぎるのかもしれない。
それが僕の運命だったとしたら、写真家という人生もまた運命だったのかもしれない。
僕の気持ちを息子に伝える、そのために写真を撮る人生を選んだのかもしれない。
このときのために写真を学び続けていたのかもしれない。
今日も僕は写真を撮るし、息子はそれを真似しようと、笑顔でカメラに手を伸ばす。
カメラが息子のヨダレでベタベタになるのはちょっと困るので、近いうちに子ども用のカメラを、妻と3人で買いに行こうと思う。
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