子育てをしていて驚いたこと
それは
子どもの「親を愛する力」です。
親である自分に対する愛…
なんて傲慢な話で恐縮してしまいますが
私はわが子と接しながら
この純粋で無垢な力にいつも驚かされています。
長女を出産後、仕事に復帰して1年ほど経ったころ、第2子を妊娠しました。
だからといって長女との関係は変わると考えておらず
長女も保育園での生活に馴染んで楽しんでいたし
私も時短勤務で時間に余裕を持ち
長女との時間をなるべく取りながら
長女にたっぷり愛情を注いで
これまでどおりの生活を送りつつ
新しい家族の誕生に心躍らせるという
プラスの思考しかありませんでした。
でも…
現実は厳しいものでした。
それは妊娠中のつわりから始まり、出産後にピークを迎えます。
長女のときは、長女1人だけを見ていればよかったものが
まだまだ世話のかかる子ども2人となると
大変さは2倍どころか3倍、4倍に思えました。
主人は朝も夜も仕事で家にほとんどおらず、大人の手は常に1人でした。
長女の赤ちゃん返りは予想していたものの次女はまだ物理的に世話を要する時期。
どうしても次女に手をかける時間が多く、寂しさと不満を募らせる長女。
「ママわたしを見て」という態度は日に日に増していきます。
自分も妹のように扱ってほしい
その気持ちは痛いほど分かるので
なるべく長女の要求に応えられるように
満たしてあげられるように
そう努めてはいましたが
1人でできていたトイレも着替えも全部「ママやって」
妹を抱っこすると「わたしも」
妹に本を読んでいると「私の本を先によんで」
何をするにしても
ママーきてーーーー
ママ一緒にやろーーーー
のオンパレード。
自分の疲労もたまる中
要求され続けることに耐えられなくなり
ついに
長女を拒絶するような言葉を言ってしまいました。
しまった。
この子は好きでお姉ちゃんになったわけじゃないのに。
これまでどおりママと過ごす時間が欲しいだけなのに。
ごめん。
私がこの子に優しくしないで
どうしてこの子が妹に優しくできるだろう
自分勝手さの後悔に押しつぶされ
長女に謝りました。
ごめんね。
ごめんね。
ママ、ちょっとつかれちゃってたんだ。
すると長女は
うん。
大丈夫だよ。ちょっとまっててね。
見ちゃだめだよ。
と言って、紙に何か書き始めました。
「はい、お手紙だよ」
そういってこの紙を渡して
※訳:「ママへ わらってるママもおこってるママもダイスキ」
そして私をぎゅっと抱きしめ、頭をポンポンしてくれました。
涙が出ると同時に、長女の愛の力に驚きました。
どんなママでも大好き。受け止めてあげるよ。
そんな心の声が聞こえてきます。
これを愛と呼ばずして、何と呼ぶのでしょうか。
いい歳にして、わが子に愛してもらう喜び。
この幸福を与えてくれた娘に感謝の気持ちでいっぱいです。
理屈ではなく、子どもはただ親というだけで、見返りなしに愛してくれる。
なんていとおしい存在なんだろうと思いました。
そしていま
長女は妹にも愛を注いでくれています。
妹が怒られたとき、真っ先にかばってくれるのが長女です。
妹もそれに応えるように、姉を慕う形で愛を表現しています。
姉妹を見て、小さな小さな2人の大きな大きな愛の力に日々驚かされています。
子どもを育てながら、自分も育てられる。
子どもに愛を注ぎながら、子どもにも愛を注がれる。
子どもが成長すれば
きっとこんな風に
直接的に愛情を表現してくれることもなくなってしまうのでしょうが
今、無制限に注いでくれる愛をずっとずっと忘れずに
私は何があってもこの子どもたちに愛を伝え続けよう
そう思う母でした(もちろんパパにもね!)。
ライター:ママ子