「お父さんがもたなくて、お父さんとはお留守番できないんだ~。」
「子供が泣いたら、すぐにこっちにパスしようとするのよ。」
「何をするのも、ママじゃなきゃだめでー」
産前にいろいろな人から聞いていた話だ。
うちの家の場合、里帰り出産から帰ってすぐの時期の息子はパパを見て、声を上げて笑う「パパ好き」な息子で、そんな息子だから、夫も張り切って息子の世話をしてくれていた。
しかし、息子が3ヶ月になり、夫の仕事の繁忙期が訪れた頃から、息子の様子は変わっていった。
朝、息子が目覚める前に家を出て、帰宅は夜中の就寝後、ひどいときには会社に泊まりこみという日々がひと月以上続いた。
ようやく落ち着いた休日、久し振りにお風呂で息子と仲良くふれあいタイムを取ってもらおうかと思い、服を脱がして息子を夫に手渡すと、以前なら笑顔で二人で入浴をしていたのに、大声で泣き出してしまうではないか。
夫がどんなにあやしてもダメ。我が家の風呂場は、窓が廊下に面しているので、泣き声は外に丸聞こえ。ゆっくり触れ合うことなどできず、大急ぎで体を洗った息子を受け取ると、私の腕に収まるなり、息子はぴたりと泣き止んだ。
(……これは、話に聞いていた……)
夫が息子と触れあう時間を持てなかったことで、息子もすっかり「ママじゃなきゃだめ!」な赤子になってしまっていたのだった。
入浴が無理ならせめて、入浴後に受け取って、保湿や着替えをしてもらおうとしても、私の手から夫に渡されると、悲鳴のような声を上げて泣き出してしまう。
夜泣きの対応も、夫が抱き上げると、さらに激しく火がついたようにヒートアップ。
以前なら、多少泣いたとしても、ある程度粘れば寝てくれていたのに、4ヶ月を迎える頃にはもう、どう頑張っても寝かしつけることも出来なくなっていた。
悪いことには、どれも、母親である私が夫の手から受け取ると、まるで魔法のようにぴたりと泣き止んでしうのだ。
受け取った腕の中で穏やかになる息子を見下ろしながら、私は内心(これで夫が、子供と関わるのが嫌になってしまわないだろうか)と焦っていた。
いつか「どうせママじゃないとダメだから」と言って、子供と関わるのを諦めてしまうのではないか、と。
ところが。
どれだけ泣かれようと、夫の口から「ママじゃないとダメだから」の言葉が出ることは無かったのだ。むしろ、そんな状態でも、進んで息子との留守番を申し出たりするくらいだった。
ある休日には、夫が「マッサージにでも行ってきなよ」と、言ってくれた。当然その間、夫は息子と二人で留守番をすることになる。
出かけるときには、機嫌よく二人で遊んでいたのだが、マッサージを終えて帰ってくると、家の前まで聞こえる、息子の泣き声。ドアを開けると、こちらの心配通り、ギャン泣きの息子と疲れ果てた夫が待っていた。
しかし、それでも夫は「抱っこ紐に入れたら、5分は寝た!あと、散歩に行ったら、少しは泣き止んだ!」と、前向きな報告だけで、もう嫌だというようなことは決して言わなかったのだ。
そんな状態が続く中で、正月の帰省のために、私だけが少し早く実家に戻ることになった。実家でも息子は「ママじゃなきゃダメ!」を遺憾なく発揮して、実家の母を困らせた。
出かける用事があって、母に2時間ほど息子を預けて出かけたときには、息子は1時間泣き続け、泣き疲れてようやく眠ったという。
私が帰宅したときには、ようやく抱っこで眠ってくれた息子をおろすことも出来ず、抱き続けて、母はすっかりくたびれていた。子供3人と、孫4人を育てた母をもってしても、うちの息子は手強かったらしい。
その日の夜、電話で夫に「ばあばでも、泣き続けて1時間後に泣き疲れて寝る、って感じだったよ」と報告した。
すると、電話口の向こうで夫が「よし!」と、気合の入った声を上げるではないか。
一体何が「よし!」なのかと思っていると、夫は「1時間頑張れば、寝るんだな!よし。頑張れる!!」と言ったのだ。
私は驚いた。
なんと前向きな。
私はこの話を「ばあばもダメ、パパもダメな困った息子だね」となるかと思って話をしたのに、その話の中から夫は、自分が世話をする際の希望を見つけ出したのだ。
夫は「子育ては思い通りにならないのだから、仕方ないと受け止めて、やるしかないじゃないか」と話す。どうにもならないことを受け入れて、やれることをやろうとするのは、すばらしいことだと思う。
仕方ないと分かっていても、泣き続けられるのは辛いし、めげるものだろう。
夫と付き合って十年以上になるのに、私は、夫にこんな部分があることを知らなかった。大変失礼な話だが、私は、夫は打たれ弱く、最終的な踏ん張りが利かない人だと思っていた。
子育てをしなければ、こんな風に気持ちを切り替えて頑張ることができる人だと、気付くことは出来なかったと思う。
日々、めざましく変化していく子供と向き合って過ごすことは、子供だけでなく、パートナーの新たな一面を知ることでもあるのだと、このとき知った。
初めての子育てで、これから色々な壁にもぶつかるだろう。
けれど、その中で、私の知らないパートナーの長所をまた知ることが出来るかもしれない。
そんな、驚きに出会えることを期待して、これからの日々の子育てを楽しんでいきたいと思う。
ライター:Yuki