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公開 2019年10月08日   更新 2020年01月28日

『心臓が右側にあるね』たった一言で「心臓疾患児の母」がはじまった

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医師の宣言で突如はじまった"心臓疾患児の母"。
5人目の家族である次女ちゃんの病気が、妊娠中に判明したときのお話。
妊娠~出産までをつづった4部作連載。


はじまりは、妊娠22週目の検診だった


3人目の子を妊娠中だった、39歳の真夏。

「一緒にお腹の赤ちゃん観に行こうよ。」

夏休みで暇を持てあます当時8歳の長男と、6歳の長女を出産予定だった市民病院の妊婦健診に連れて行くことにした。

「赤ちゃん、かわいいよねぇ~。」

うかれる長女。

「ぜっったい男の子がいい!」

謎の無茶ぶりをする長男。


そろそろ性別のわかりそうな赤ちゃんを見せてやりたかったのが、一転。

エコー画面に見入っていた市民病院の若手産科医にして、ちょっとヒゲクマ系のT先生が重々しく告げる。

「…お母さん、多分なんですが、心臓に異常があります。」

突然決まった大学病院への転院。


え、嘘。


の次に出てきた感情は鳥肌が立つような不安と恐怖。

(ちょっと何言ってんのかわかんない。クマ。)

脳内サンド富澤の突っ込みをかろうじて飲み込んだ。

近いしここがいいんですと懇願するも「NICUがない当院ではこの子のお産は無理です、大丈夫、僕がちゃんと紹介状を書きますから!」

クマ先生に紹介状と漠然とした不安とを持たされ送り出されてはじまった、心臓疾患児を育てる、サバイバル妊婦生活。

胎児は、女の子だった。


突撃!隣の大学病院!…の待ち時間の長さ


とにかく早く診てもらえるようにと、市民病院のT先生が予約をねじ込んでくださった8月末日。

胎児と今後の事の成り行きを想像しては、ため息をつきまくる母、わたし。

普段は呑気者の夫も、1人で病院に行かせるのはいかがなものかと、有給を取って同行することになった。

「2人で楽しいところに行くんでしょう~。」

何故かあらぬ疑いをかけてくる長女を、幼稚園の預かり保育に放り込む。


クマ系のT医師、渾身の紹介状を携えて、初めて足を踏み入れた医科大学附属病院。

緊張気味だった私たち夫婦は、まずその広大さと豪奢さに圧倒された。

初めて目にした呼び出し用のベルがにゅっと出てくるハイテク受付機で受付を済ませ、周辺をぐるりと眺めては驚き続ける。

「広いねぇ…おっ!なんかあそこにピアノが!」
「みんな病気なんかなぁ、人が多すぎる…」
「ドトールコーヒーすら豪華…」

などと自分も今日は患者なのに、立場を忘れて完全に病院お上りさん。

2週間ほど前に

「お子さんが心臓病です、さあ大学病院へ。」

と言われてかの地にはせ参じたものの

「今から貴方には火星に行ってもらいます!さあロケットに乗って!」

くらい現実味が無かった。


今思えば私の脳がこの現状を理解すること自体を拒否していたのかもしれない。

夫はなんと

「心臓の手術しますってなったら、なんぼかかんのかなぁ~三億円とか?」

という親のエゴ丸出しの金勘定をしていたそうだ。

のちに聞いた話だが、夫は当時

(手術に三億とか言われたら、もうわが子の為に横領か窃盗に手を染めるしかないやろうか…)

と犯罪者になる想像をする程度には、思い詰めていたらしい。


とにかく落ち着かないので、血液検査と尿検査を早々に済ませ…たいが、遅々として進まない。

流石は地域あらゆる難解症例の集う大病院。

検査と諸手続きを済ませ、やっとの思いで産科外来にたどり着くまでに2時間近くを要したのだった。

頑健が取り柄のはずなのに、ハイリスク妊婦に


やっとたどり着いた診察室前『ここでお待ちください』と言われて待つことまた数時間。


…長い。


指定された診察室には「ハイリスク妊婦」と銘打った掲示がされていて、ハイ私がハイリスク妊婦ですか、そうですかという神妙な気持ちになる。

いよいよ渡される評決を前に、母である私はこんなにすこぶる元気なのに。

お腹にいる次女ちゃんは今、もしかしたら苦しいのかもしれないと思うと、いたたまれない気持ちにもなった。

そんな中でも、真剣な顔で携帯の妖怪ウォッチぷにぷにに興じる夫、何だお前は。

傍らの妻がこんなに思い詰めているというのに、いっそお前もひとまとめにして消してやろうか。


そして、やっと鳴った呼び出しベルに促され、入室した診察室。

大学病院と言えども、小さく仕切ってある白っぽい内装の小部屋に、エコーとベッドがあるのはいずこも同じ産婦人科。

しかし、おっ、その部屋の隅に立つ若者はもしや医学生さんでは?

こんにちは、私がハイリスク妊婦です。

「はい、市民病院から紹介で来たきなこさんやね?赤ちゃんの心臓に異常が見つかったんやったね、びっくりしたでしょう?ほなちょっと見ていこうか」

そう言って、診察室右奥のパソコンの前に座っておられた胎児エコー専門医のK先生がイスをくるりと反転させた。

しかし私たち夫婦をいたわってくださるそのご尊顔が

「すっちーや…(※心の声)」

当方大阪在住。

吉本新喜劇を観ながらお昼を食べる民なので、役者にして座長の『すっちー』にそっくりで一気に肩の力が抜けた。

あとは全面降伏。

すべて一切お任せしますで、妊婦はへそ天状態。

医学生殿と担当ナースに見守られつつ、明かりを落とした暗い診察室で、エコーの画面に映されるわが子の姿を凝視した。

すっちー先生は、さすがの専門医らしく、エコーの機材を巧みに操る。

腹部にぺたりと付けたプローブで胎児内部の心臓の見える位置をうまく探って…

…いると、私のみぞおちを押しすぎです先生痛いです。と思ったがとても言えなかった。

「…このな、心臓の…うん」
「…あ~血管、まだ見えへんのかな」
「内臓は…錯位してないっぽい」
「あ~…あと、この子寝てるわ」

この大層な状況で寝てんのかーいと自分の腹の子に突っ込みを入れそうになったが、それ以外の事は専門用語が多すぎてよくわからない。

神様、うちの子は一体、どうなるんですか。

さすがの呑気者の夫も、素人にはよく分からないエコー画面を険しい顔で凝視していた。


主治医から伝えられた、意外な言葉

「お母さんさぁ、まずこれはすごくラッキーな事なんやけど」

エコー検査を終了し、プローブを定位置に戻しながらすっちー先生がニコニコと口を開いた。

「22週で心臓に異常を見つけてもらえたんやねぇ、生まれてから赤ちゃんのサチュレーションあ、体内の酸素の濃度ね、これが全っ然上がらへんて、慌ててNICU搬送されて来る子は結構いるもんなんよ。ええ先生に当たったんやねぇ、よかったねぇ。」

すっちー先生の開口一番の「ラッキー」に心臓疾患児を妊娠している私は一瞬、心の中で悪態をついた。

(ハァ?なにがやねん、なにがどうラッキーやねん!?)

しかし、すぐに思い直す。

(そうなの?そうなのかな?…もしかしたら、そうなのかもしれない。)

ありがとう。市民病院のヒゲクマ…じゃなくてT先生。

「あと、この子、この心臓の心室の右左を分けてる壁が多分無い。欠損というよりは無い。でも内臓に今のところ錯位がないんよ、心臓自体はこう…右に思いっきり傾いてるけど、これはラッキーやで、予後が全然違うもん。」

よご?余呉(滋賀県の地名)?予後?聞きなれない言葉に脳内変換する事3回。

「ラッキー」を繰り返す先生曰く、心室の壁の無いタイプの疾患の子は(後に単心室症と正式に確定)内臓が反転している事が多いらしい。

そして脾臓が無い無脾症や、脾臓が二つある多脾症を伴う事も多いらしく、後々の生活や術後に何かと問題を起こす事もあるそう。

すっちー先生はひたすら、「内臓きれいやわ、うん、いい感じよ。」

と砂嵐にほんのり人型が見えるエコーに映る、次女ちゃんの内臓を褒めてくれた。

何が何だかわからないがちょっと嬉しい。

心臓が右にあるという事実には、お母さん度肝抜かれたが。

「それと何より、お母さん年齢は39歳やけど」

はい、高齢ですね、すみません。

「僕の扱う症例では全然若いし、健康やし、3人目なんやんね。早産流産経験共になし、上2人経腟分娩で産んでるんやん。強いな!頑張ろう!この子も普通に産んでいいから!」

私の脳内イメージに反して、大層褒められて驚いた。

どうやらこの業界では私は比較的若手で、かつこの『丈夫だけが取り柄でございます』の頑健な身体は、ここでは大変な武器らしい。

実家のお母さん、きなこを丈夫に産んでくれてありがとう。

目が小さいのが気に要らないとか鼻が低すぎるとか散々言ってごめんなさい。

今現在おなかでぐうぐう眠っているらしい次女ちゃんは、心室の壁に大穴が開いているものの、胎児期にのみ存在する『動脈管』という血管のおかげで体内の循環が保たれ、生まれてくるその日までは心臓疾患の影響がない。

痛くも苦しくもない状態で、ママのお腹で楽しく暮らすらしい。

それだけ聞けただけでも安堵のため息が漏れた。

そうか、この子は今、楽しく暮らしているのか。

そして何より、このままトラブルがなければ普通のお産と変わらず経腟分娩で産んで構わないらしい。

むしろ出生後手術が必要になる事を考えて、できるだけお腹で大きくしてから産んでほしいとの事。

よかった、その件についてはお母さん全力で頑張る。


ひとまず、入院しろ今すぐなどの事態に陥らなかったことに安堵した。

さらに先生の「ラッキー」発言に乗せられ、この関西弁丸出しで気のいいすっちー先生に、出産のその日までついて行こうと思った。


この頃は、次病院に行ったら、なんか奇跡が起きていて、心臓の壁がちょっと出来てないかなとほんのり思っていた。


しかし、運命の30週目。

産科医すっちー先生と新生児科医М先生の口から語られる

「妊娠の途中で命を落とす事は、勿論あります」

に楽観と淡い期待は全て打ち砕かれるのだった。






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※ この記事は2024年11月01日に再公開された記事です。

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