「メリメリメリ」
自分の産道が裂ける音が聞こえた気がした。
半日の陣痛に耐え、やっと破水した直後、いきむ体勢に入ってもおらず左向きにベットに横たわっていた私の股ぐらを、なぜだか確信に満ちた態度でメキメキと押し破りながら進み、あっという間にこの世に生まれ出た我が息子。
そんな自信満々に生まれてきたばかりの孫を見て、出産に立ち会ってくれていた母はこう言い放った。
「ずいぶん落ち着いた子だねぇ。」
え…生後5分で、そんなことまで分かるの?
保育士だから子育て楽勝?答えは悟りを開いた息子が教えてくれた<第三回投稿コンテスト NO.52>
8,611 View保育士だから、人より子育てがうまいはず、と思っていたコソダテノマドさん。しかしそう思い通りにはならず…。2歳の息子が答えを教えてくれたというエモエピソードです。
誰しも親になると新しい自分を発見したりするものだろう。
私の場合は、親になる前、結婚して実家を出て転職して…という一連の変化の中で、保育士の資格を取り、保育についてあれこれと学ぶ機会を得た。
人の育ち、たった1人のかけがえのないその子を認めて尊重して伸ばしていくという営み…「保育」を学んだ経験を通じて自分なりに「私はこんな子育てがしたい」というこだわりが芽生え、
同時に「私は一般の人よりは子育てをしやすいはずだ。すでにいろいろ知識もあるし。」という自負も芽生えていった。
ともすれば、人並み以上に力が入りすぎて、プライドやこだわりでがんじがらめになってしまいかねない自分の状況で、実際、ちょっとしたことで心の余裕が無い時には、「私なんて、こんなに考えて、こんなに学んだのに、こんなに子育てが下手くそで、いやになっちゃう」みたいに落ち込みかけることもままあった。
それでも、「いやいや、子育ては、たとえ知識があろうと、何の波風もなく『うまくいく』なんて人はいない。
そもそも『うまくいく』てなんだよ。
こういうことが大事だって頭で分かってても、あぁどうしたらよかったんだろう…そんな試行錯誤を繰り返していくプロセスが子育てなんだもの。
『うまく』なんていかなくていい、いかないのがいいんだ」なんてことを自分に言い聞かせながら、失敗もさらけ出して、できるだけ自分に素直でいられるように、折に触れて意識してきた。
とはいえだからといって、こんなにアレで大丈夫?
もともと気分の浮き沈みが激しかったり、頭痛持ちで不機嫌な日も多かったり…どうしたって、揺らぎながら悩みながら子育てするしかない私。
そんな自分のところに生まれてきてくれたにしては、たしかに落ち着いているかも…と我が子を見ていて思うことがある。
いや、こういう子だからうちに来てくれたのかいな。
ある時、息子が1歳半になろうかという頃。
いつものように食卓に座り、食事を食べさせていた。
スプーンでごはんを口に運ぶのを手伝っていた、その時、ふいに私は、遠い未来のことを想像してしまった。「こんな風に一緒に食事をできるのも、あと数年のことなのかなぁ。
今の彼は今しか会えないんだなぁ。
お互いに成長し変わっていくことは幸せなことだけど、いつか、お別れしなきゃいけないんだ。あぁ。今、目の前にこの子がいてくれるって、なんて、なんて、尊いことなんだろう。」
ヲイ。なんで今だ。
なぜに今、ご飯を口に運んでモグモグしてる時にそこまで突然盛り上がれるんだ。
自分でも分からなかったけれど、いつか来るお別れへの寂しさと、今この瞬間の愛おしさがお腹の底から猛烈にあふれてきて、身体がフリーズ、からの、号泣。
普通なら「なんやこのおばはん、突然勝手にテンション上がりやがって、ついていけへんわ」という瞬間なはず、この自分の盛り上がりを相手に押し付けるわけにいかん…と思いつつも、あまりにもそれは、体の奥深くから、本気で溢れ出てきた愛おしさだったので、私は「お願い、息子よ、この母の気持ちを、受け止めてほしい。これ、本気のやつやねん。」
と半ば祈るような気持ちで息子の名を呼びながら顔を近づけて目を見つめた。
するとその瞬間…齢1歳で:まだようやく単語が出始めたくらいのほぼ赤子の彼が、ス…と腕を差し出し、私のことをハグしてくれたのだ。
「お母ちゃん、それ、本気のやつやな。ワシそれ分かるで。うん。さみしよな。いとしよな。大切なことよな。それ気づきよったか、ほうか。どうしようもないねんな。
それ。どうすることもできへんねん。でもな、大丈夫やねん。ぜんぶぜんぶ、分かっとるから。大丈夫やねん。」
とおっしゃっているかのような、悟りの表情で。
「つ、通じましたかー!(号泣)」
思い切り我が子を抱きし…いや、我が子に抱きしめられて、「あぁ、そうか、大丈夫やんな。そういうものなんや。大丈夫大丈夫や。」と私もだんだん思えてきて、それより何より、普段ははちゃめちゃでも肝心な時、ちゃんとこっちの本気汲み取ってくらはるやんかこの1歳児!に感動してしまい、とても満たされたのでした。
そんな息子ももうすぐ3歳。
あれ以来何かにつけて、「あの時、あんた、うちの気持ちちゃんと分かってくれはったよなぁ」ということを思い出し、改めて「この子との『今』を大事にしたい…」と原点に立ち返ってきた私。
とはいえ!「そこの、墓石くん」と親戚から呼ばれるくらい重量感のあるボディで、「抱っこ抱っこ」言われるのが続くと母はピキピキ。
特に、夜の就寝時、仰向けの私のお腹の上に横たわり寝るのがお好きな我が息子さんが、腹の上で寝落ちしたから布団に下ろそうとするとその都度起きて私に怒る、という過酷なおやすみタイムがごくたまにやってきた時なんぞ。
最初の10分は、いつもの「そうそう、あの時、あんた…」を回想して、「うふふ」な気分になるものの、15分たち、20分たち、さ、寝たな、と布団に下ろすとまたギャン泣き、を数回繰り返すとこちらもぐったり疲弊。
「あのなぁ、母ちゃんもできるだけ君のご希望にそえるように努力しましたよ、えぇ。でも限界超えました!重いねん、疲れたねん!君には自分で寝る力がある。母ちゃん知っとる。寝てください、以上、ほなおやすみ!」
と、あの時の愛おしさはどこへやら、2歳児と完全に同じ土俵にたってブチ切れてる私。
トホホ、下手くそか自分…そんな時にまた、息子はこう言うのです。
「じゃあ、じゃあ、手をつなぐのは、どう?」
ぶふーっ、完璧な対案出してきた!
ちゃんと母の限界も理解した上で無意味な争いを長引かせない、かつ、「でもスキンシップは欲しい」「1人では寝たくないのである」という自分のニーズをきちんと満たそうと落とし所を探り決して泣き寝入りしないこの交渉力。
あんた…ほんと落ち着いてるわぁ…。爪の垢煎じて飲ませてもらってええですか?
かくして母は、うちの2歳児に今日もメロメロなのです。
(ライター:コソダテノマド)
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