あれは2才になったばかりの娘をお風呂に入れていた時。
「それ」の存在に気づいたのは、ほわほわの産毛と蒙古斑(娘は全身に蒙古斑があるタイプだった)が薄青く残る、小さい肩を洗おうとした時だった。
ポツン。
あっ、と思わず声がもれる。
万年筆の先で、ちょんっと打ったように、娘の右肩に「それ」がいた。何も語らないけれど、そこにあるだけで娘という人間の裏付けをしてくれるモノ。
「ホクロ」だ。
生まれたての娘のお世話をしている時、「赤ちゃんてホクロないんだな…いつできるんだろうな。」なんてしみじみと不思議に思っていた。
それが2年経ってついに姿を現したのだ。
たったひとつの小さなちいさな、点。
子どものホクロから想像した、未来の映像。点1つでなんだかリアル<第三回投稿コンテスト NO.111>
4,162 Viewある日お風呂で、娘さんにホクロができたのを発見した、むっちゅさん。ホクロ一つから、はるかな未来を想像してしまった、エモーショナルなできごとです。
たかだかホクロだ。
ただのホクロである。
だけども私はその小さな存在との対面で、一瞬で時空を超えて旅をしてきたような感覚になった。
娘がこのホクロに気づく日。
自分からは少し見つけにくいところだから、もうちょっと先の未来になるだろう。
年頃になったら、ノースリーブを着るのにこのホクロを少し疎ましく感じるだろうか。
それともチャームポイントだと堂々と見せていく?…いや、案外気にしないか。
いつか、娘の好きなひとがこのホクロをかわいいな、と眺めることがあるかもしれない。
もしママになることがあったなら、その子どもが今の娘のように、一緒にお風呂に浸かるたびにきっとボタンのごとくこのホクロを押してくる。
そしてもっと時が流れて、娘がおばさんに、私がおばあさんになって一緒に温泉に行くことがあれば、ゆっくりと泉質を楽しみながら初めてこのホクロをみつけた瞬間の話をするだろう…
小さな黒い点から、未来という宇宙がスパークして拡がっていくように、そんな身勝手な想像、もとい妄想がそのホクロを目にした瞬間にいっきに脳裏に瞬いた。
娘の人生の「あるかもしれない」その時を垣間見たようだった。
静かに、しかし最高にエモーショナルな瞬間だったように思う。
点が、たしかに未来に伸びる線となっていた。
育児をする毎日は、いつも目の前のお世話や少し先の心配ごと、そして子どもの成長を喜ぶ事でいっぱいいっぱいだ。
娘の未来を想像してみても、姿かたちは今とはずいぶん変わってしまうだろうし(自分の顔ひとつとってみても、全然ちがう。あの顔がこの顔になると誰が想像しただろう。)、性格なんて言わずもがな。
結局私の理想が入り混じり、どこかフワフワして輪郭が掴めなくなる。
それはまるで、霧で先が見えず足下だけをみて走っているようで、ふと不安になることがあった。
この先はちゃんと続いているのだろうか、と。
だからこそ、今も未来も変わらずそこにあるものから拡がったあの瞬間にグッときた。
たとえそれが私の想像だったとしても、ずっとリアリティーがあった。
物言わぬホクロだが、その存在が「大丈夫だよ。」と言ってくれている気がした。
「どこかには、続いていくよ。」
そう、「どこか」の未来には続いていくのだ。
私の頭の中でスポットライトをあてられたあの未来ではないかもしれないけれど、でも必ず「どこか」に。
日々の忙殺により見失っていたこの事実の再発見は、無意識に続く不安で硬くなっていた心をフワッとほぐしてくれたのだった。
ホクロは不思議だ。
皮膚の表面に現れた物言わぬただの点が、その人にさらなるオリジナリティーを加味し、人生の中で無数のエピソードを生み出す起点にもなる。
小さな点から伸びる線は、どこに向かっていくのだろう。
伸びた線上の「どこか」の彼女は、このヘロヘロの母にお世話された日々の記憶をどれくらい残しているだろうか。
まあ、ほとんど覚えてなくても別にかまわない。
その場合の「どこか」の私は、(おまえが覚えていなくとも、そのホクロは全てをみていた…)とかなんとか心の中でほくそ笑んでいるだろうから。
でも願わくば、母の不安などお構いなしに伸びていくその線上で生まれるエピソードを、なるべくたくさん分かち合えますように。
そんなことを思いながら、ふふっと笑ってしまった。
いつのまにか泡でモコモコになってしまった娘が、不思議そうに私を見ていた。
(ライター:むっちゅ)
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