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公開 2020年02月16日  

母性ってなに?こじらせ干物女が母になり知った初めての気持ち<第三回投稿コンテスト NO.129>

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独身時代は、干物女街道を突っ走る“こじらせ女子”だったという、はゆるさん。母性がどんなものなのか、全く想像がつかなかったといいます。そんなはゆるさんが出産。赤ちゃんは、低体重児でNICUのある大きな病院へ転院となってしまいます。そこで初めて感じた赤ちゃんへの思いをつづってくれました。



母性とはどんなものなのか。

どんな感情のことをいうのか。

ひたすらの無償の愛をそういうのか。

独身時代、完全に干物女街道を突っ走っていたこじらせ女子の私に、それは到底分からない感情だった。

すべからく人間が苦手。

大人も子供も関係がない。

知り合いの子供(4歳)とのお喋りですら、緊張し最初から最後まで敬語を使い倒してしまう始末。

結婚も、ましてや出産も。

どこか別の世界の出来事でしかなかったはずなのに。

ひょんなことから夫と出会い、結婚し、妊娠した。

エコー写真の、これが本当に私の赤ちゃんなのか?と首を傾げたくなるほどのぼやっとした存在は、検査を重ねる度に人の形に近付いていくのに、自分のお腹の中で人が育っているということを少しも実感できていなかった。

母性なんてものが自分に備わっているとは微塵も思うことが出来ず、胎児ネームをつけたり、お腹に話しかけたりと、母性が育まれそうなことを一通り実行するも、役立っているのかは謎だった。

出産予定日の2週間前。

陣痛は突然にやってきた。

予定日までまだ日があるから外食三昧するぞ!と、手始めに焼き肉と鰻を食べたその夜のことだった。

産婦人科に到着し、子宮口が開いているからとなんの心構えもないまま入院となり、それから7時間後、出産した。

産まれたばかりの小さな身体を、すぐに抱かせてもらったはずなのに、その記憶は曖昧だ。

2,300gしかなかった赤ちゃんは、保育器に入れての様子見となり、新生児室へ連れて行かれてしまった。


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本当なら、病院の個室で赤ちゃんと二人、一週間の入院生活が始まる予定だった。

けれど、私の赤ちゃんが個室へ運ばれて来ることは一度もなく。

ミルクが飲めない。

排便ができない。

低体重。

が原因で、翌日、近くの大病院への転院が決まった。

早朝の新生児室。

ストレッチャーに乗せられた大きな保育器に、赤ちゃんは移されていた。

保育器は、エレベーターで1階に降ろし、救急車で運ぶという。

産婦人科の助産師、転院先の小児科医、3人の救急隊員。

彼らを前に私一人での対応を余儀なくされる。

急な転院の決定に、自宅にいた夫は間に合うことが出来なかった。

ものものしい雰囲気に頭が真っ白になる。

しっかりしなくちゃ。

説明を聞かなくちゃ。

分かっているのに。

難しくはないはずの説明が、少しも頭に入ってこなかった。

赤ちゃんに付き添って救急車には乗れないということだけが、分かった。

保育器の中でぐっすり眠っていた赤ちゃんが、出発の間際にか細い声で泣いた。

「泣くことないよ。頑張りなさい。」

思わずそんな声を掛けた。

母親らしい声の掛け方が分からなかった。

もっと優しい声を掛けてあげればよかったと、すぐに後悔した。

ストレッチャーを乗せたエレベーターの扉が閉まる。

ほどなく、救急車のサイレンが聞こえて。

赤ちゃんは、あっという間に遠ざかっていった。

現実なのに、夢みたいで。

現状がうまく飲み込めなかった。

きっとこれは珍しい状況ではないのだろう。

勝手知ったるの助産師さんは「ゆっくり休める機会だと思ってね。他のママは待ったなしで育児が始まってるから」と言った。


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その日の午後。

赤ちゃんの転院先に限り外出の許可が降りた。

早速、夫の運転する車で病院に向かう。

NICU。

医療ドラマでしか聞いたことのない響きの薄暗い部屋には、沢山の保育器が置かれていた。

入り口から程近い場所に、私の赤ちゃんの保育器はあった。

小さな手の平に。

小さな足に。

沢山の管が繋がれている。

抱っこすることはかなわなかった。

保育器の小さな穴から腕を入れて、赤ちゃんに触ることだけ許された。

ぐっすり眠った赤ちゃんの頭をそっと撫で、腕を擦る。

少し、呼吸が苦しそうだ。

本当にこの子が私のお腹から出てきたのか。

不思議な思いでその赤くてくちゃくちゃな顔を眺めた。

検査結果は明日にでも伝えるとのことで、お願いしますと頭を下げた。

それ以外、出来ることがなかった。

夜。

産婦人科の個室での夕食時。

やけにボリューミーなメニューを前に一人、いただきますと手を合わせる。

さして見たい番組もなくテレビを消していたせいで、部屋の中はしんと静まり返っていた。

自分の手の平の倍ほどもある肉厚のハンバーグに、箸を入れた。

個室の薄い壁の向こうから、他の部屋の赤ちゃんの泣き声や、赤ちゃんをあやす声が聞こえる。

口の中にハンバーグを入れて、噛んだ。

力いっぱい泣いている幼い声が、鼓膜を揺らす。

そしてハンバーグを二噛み。

三噛み、した時だった。

あぁ。

私の娘は。

今頃一人で泣いていたりはしないだろうか。

突然。

雪崩れ込むように。

そんな思いが胸をよぎった。

鼻の奥がつんと痛む。

気がつくと、ボタボタと涙が落ちていた。

せりあがってくる嗚咽で、頬張りすぎたハンバーグが飲み込めない。

誰かが部屋を開けたらどうしよう。

泣き顔なんて見られたくないのに、焦るほど涙は溢れる。


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産まれてから、まだ数秒しか抱っこしてあげていない。

ミルクは少しでも飲めているだろうか。

寂しい思いをしてはいないだろうか。

沢山管がついていたな。

手の甲に針を刺した時の血が滲んでいたな。

痛い思いはしていないだろうか。

驚くほどにとめどなく。

想いが溢れ出す。

夕方まではのほほんと眠って休んでいたのに。

それが出来ていたのに。

保育器の中の姿を思い浮かべたら、どうしようもなくなってしまった。

深刻なんかじゃないと分かっているのに。

それでも。

この離れている時間が切なくて。

そして、心配でたまらない。

抱っこしてあげたい。

名前を呼んであげたい。

笑わせてあげたい。

してあげたいことが、沢山あるのに。

どうして私はあの子の傍にいられないのだろう。

こんな想いは初めてだった。

こんな想いは知らなかった。

私の中に、こんな感情が備わっていたなんて、少しも気がついていなかった。


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理屈なんて知らないで。

いい母親になれるかなんて知らないで。

自信なんてなくて。

それでも一つだけ、あまりにも確かだったのは、娘が愛しいという感情だった。

愛しいって。

こんなにも切ない気持ちなのか。

なんの手応えも感じたことのなかった「自分の子は可愛い」という言葉の意味を、突然に理解する。

それは。

こんなにも特別な感情なんだ。

両手から溢れ出すような。

自分の中にある愛情をやっと見つけた気がして。

本当に私は、母親になったのだと思った。

あの後、ハンバーグを頬張ったまま泣いている奇妙な姿を、助産師さんに目撃され、激しく気まずい思いをすることになる。

そして、号泣がスタッフ間で共有されたのか、すぎるほどの心配のシャワーを浴び、更に気まずかったのは言うまでもない。

翌日に知らされた娘の検査結果は良好で、一週間と3日程の入院で済んだ。

娘はもうすぐ生後9ヶ月を迎える。

マスターしたばかりの掴まり立ちをしては、得意そうにシシシと笑う。

大きくなったね、と私は目を細める。

娘の頭を撫でている時。

娘の寝顔を眺めている時。

ふと。

あの大号泣の夜を思い出し、胸の奥が小さく疼くことがある。

きっと、これから娘を育てていく日々の中。

こんな風に、何度もあの日を思い出しては、切ない気持ちになるのだろう。

そしてその度に。

娘が愛しく、どれほど大切な存在なのかを噛みしめるのだろう。

母性とはどんなものなのか。

いまだに正解は分からない。

けれど。

あの日知った胸の疼きが、愛しさが。

私に備わっている母親としての性(さが)なのかもしれないと。

慌ただしい日々の、ほんの少しの自信になっている。


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(ライター:はゆる)


※ この記事は2024年10月25日に再公開された記事です。

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