海外で分娩をした女性の話を読んだことがあります。
医師に無痛分娩の説明を受ける際、「歯医者さんで治療してもらうとき、麻酔があるのにわざわざ『痛みを味わいたいので、無麻酔でお願いします』と言う人がいないように、無痛分娩という痛みを和らげる方法があるなら、それを使うでしょう」と言われたそうです。
確かにそうです。
一般的に「痛みがある治療」と、「痛みがない治療」の両方の選択肢が用意されていて、条件的に可能なら、後者を選ぶ人が多いでしょう。
けれども、出産となると、少し事情が違ってくるようです。
陣痛を神聖化し、それによって子どもへの愛情を測ろうとする人たちがいます。
「お腹を痛めて産んだ子ほどかわいい」という価値観を個人が持つこと自体は構いませんが、他人に押し付けてはいけません。
困ったことに医療関係者の中にも陣痛に価値を感じていて、不安に思う妊婦さんたちに
精神論で耐えることをすすめる人がいます。
そういうことはやめてほしいと思います。
当たり前のことですが、痛みのあるなしで、子どもへの愛情が変わることはありません。
私は最初の出産があまりにつらかったせいで、臍帯をしばられている子どもを見ながら、「今、地震が起きても私は疲れすぎていて駆けつけられない......。
私には母性がないのかもしれない」と不安になりました。
出産の苦労と、愛情の関係性は?パパが育児に参加したくてもできない社会
5,852 View『小児科医ママが今伝えたいこと!子育てはだいたいで大丈夫』(森戸やすみ著/内外出版社)では、初めて育児するパパやママへのヒントがたくさん。その一部を紹介します。
出産の痛みや苦労と、 子どもへの愛情は関係ない
2回目の出産では無痛分娩を選びましたが、初産のときと違って出産後、無事に産み終えた安堵感、そして愛情だけを感じました。
気持ちだけでなく体の回復も早かったおかげで、出産直後から子どもをかわいいと思えたのです。
初産のときの不安は、痛みと戦って疲れきっていたせいなのだとわかりました。
医学的にみて、無痛分娩にはいくつものメリットがあります。
人は痛みによるストレスがかかると、心疾患や脳血管疾患に悪影響を与えるカテコラミンというホルモンの分泌が増えます。
無痛分娩ではその分泌が抑えられるため、もともと心疾患や脳血管疾患がある妊婦さんの分娩でリスクを減らせます。
特に疾患がない場合でも、陣痛時に過呼吸を起こす過換気(かかんき)症候群や、それに続く低換気(ていかんき)によって赤ちゃんにいくはずの酸素が減って危険な状態になるのを防ぐ効果が期待できます。
過換気症候群とは、不安や緊張から何度も息を吸ったり吐いたりすることで血中の二酸化炭素が少なくなる状態です。
これを受けて呼吸中枢が呼吸を抑制すると、低換気になることがあります。
また、血液がアルカリ性に傾くことから血管が収縮し、手足がしびれたり筋肉が収縮したりするので、本人はいっそう不安になって悪化します。
分娩時には、内臓や骨盤を下から支える骨盤底筋群(こつばんていきんぐん)にも負荷がかかりますが、無痛分娩では筋肉が緊張しすぎないので、ダメージが少ないこともわかっています。
薬学博士・池谷裕二(いけがやゆうじ)氏の著書『できない脳ほど自信過剰』(2017年、朝日新聞出版)に興味深いことが書かれていました。
何かをがんばったあとには、やる気や忍耐力、道徳観が削がれる「自我消耗」という現象が起こるそうです。
つまり、つらい思いをすると心の余裕が減るのですね。
がんばって痛みに耐えて苦労して産んだ人ほど、子どもをかわいがれる、というのは神話にすぎないでしょう。
父親も育児参加できるよう排除しないで後押しを
いまだに育児休暇を取ることができる男性は、わずかです。
「なぜ自分は長時間労働をするばかりで、ほとんど子どもと遊べないんだ」と書きつづったお父さんのブログを読んだことがあります。
育児に参加したくても、できないのですね。
嘆くのも、ごもっとも。
子どもは生まれてしばらくのあいだ、ものすごいスピードで成長します。
大変ではあるけれど、大切な時期を一緒に過ごしたい、力を合わせて乗り越えたい、という気持ちはお父さんにもお母さんにも等しくあるはずです。
家庭も社会も経済も、父親の視点が入ることで、もっとよくなることがあるでしょう。
家庭の中では、両親のうちのひとりが食事の支度をしているときに、もうひとりがお風呂に入れてくれたり、翌日の保育園の準備をしてくれたりしたら助かりますよね。
また、子どもの身の回りは常に何かを補充する必要があります。
「この子の洋服、もう80cmじゃ小さいね。週末、90cmの服を買いにいこうか」などと気づく人はひとりより、ふたりいたほうがいいですし、何ごともスムーズにいきます。家族間の会話も増えるでしょう。
企業にとっても、多様な働き方を認めれば、育児で辞める人の流出を防げます。
病気になった人、介護が大変な人が働き続けられる環境づくりにもつながります。
仕事に割ける時間が限られているとなると、誰もが効率的な働き方をせざるを得なくなり、結果として父親たちの長時間労働も減るでしょう。
女性が子育てで一時的にでも無職になると、本人だけでなく社会的にも損失が大きいといわれています。
女性が継続して働くことで世帯所得が向上し、税収が増え、社会保障に回す費用は減ります。
そうすれば、夫婦関係、親子関係、地域との関係ももっとよくなるはずです。
かといって、育児をする男性たちをことさら持ち上げる必要もありません。
本来なら、イクメンという特別な言葉の存在がおかしいですよね。
育児をする女性がイクウーメンといわれず、“母”であるように、男性もただの“父”でいいのです。
【作者プロフィール】
森戸やすみ(もりとやすみ)
1971年、東京生まれ。
小児科専門医。
一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、2020年6月1日、東京都台東区に『どうかん山こどもクリニック』を開業予定。
書籍では他にも産後、赤ちゃんのお世話で不安に思う事や、育児情報の集め方、よくある育児デマ、小児医療について知っておきたい事など、パパやママに参考になりそうなポイントもりだくさん。
小児科医の視点からわかりやすく解説されています。
ぜひお手に取ってみてくださいね。
(編集:コノビー編集部 大塚)
朝日新聞の医療サイト『アピタル』の連載「小児科医ママの大丈夫! 子育て」をまとめて、大幅に加筆した1冊。
子育てに疲れたときにもおすすめです。
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