怒涛の4月がやってきてしまった。
長女が幼稚園に入学した5年前の春。
あの春以降、我が家はちょっと込み入った事情があって、毎年、3人のうちの誰かしらが新生活を始めている。
つまり、入園とか、入学の準備を毎年、ということ。
あの膨大な書類とか、永遠の名前つけを、毎年。
こんなものいちいち嘆いたりしていたらキリがないよ、と毎年心を無にして一心に取り組んでいたのだけれど、新学期準備というのはやはりすべてが膨大で強靭。
今年に関しても、たくさん寝て、しっかり栄養を摂って立ち向かったつもりだったのに、骨がぼきぼきに折れるような心地だった。
まず、春休み。
我が家には、今年新1年生を迎える長男がいる。
入学式当日に提出すべき書類やら、入学式当日に持参するはずの学用品やらが、たんとあった。
クレヨンの1本ずつに、えんぴつの1本ずつに、クーピーの1本ずつに、我々は名前をつけなくてはならない。
お名前シールという、文明の利器を持ってしても、束になってかかってくれば、やはり骨が折れるもの。
筆箱に、上靴に、体育館シューズに、ああ、そんなところにいたの赤白帽子、どこまで行ってもまだ記名すべきものがあるって、もはや摩訶不思議。
3年生になる長女の小さくなった上靴や、年中さんに上がる末っ子のクレヨンやスケッチブックのチェック、始業式のスケジュールや入学式の段取りを確認して、忘れてはいけない、親子のセレモニー服、のもろもろをどうにか滑り込みで用意して、ようやく進級進学おめでとうを無事に迎えられた。
ああ、よくやった私。えらかった私。
帰宅後、安堵に満ち溢れて、パンストを脱いだ私に子どもたちが差し出すのはそう、大量の記入すべきものと、読むべきもの。
ゴールテープを切ったと思ったら、息をつく暇もなく、またスタートの合図がなる。
負けるもんかと、3人分のあれそれをとりあえずひとまとめにしたら、その紙束の厚みに眩暈がした。
眩暈がしたとて、怯んでいるわけにはいかないのだ。
なぜなら、この紙束の中には必ず「明日までに」という文言が、どこかしらに潜んでいる。
我々はそれを見極め、疲れた体に鞭打って遂行せねばならないのだ。
そして、あろうことか「手伝うよ」と、やさしい笑顔をたずさえて言った夫は21時、健やかに就寝してしまった。
強い心が試される、新年度初日。
まず、ざっと目を通せばいいもの、例えばご挨拶とか、昨年度のお礼であるとか、そういったものを抜き出していく。
一読して、心の中でお辞儀をしたら、メモ用紙にするべく裁断。ハイ次。
熟読すべきものを読む、のだけど、そろそろ疲労がやってくる。
久しぶりに履いたタイトなパンツも、ハイヒールも夜更けの身体にじんと響いてくる。目が滑るのだ。
なんだか大事なことが書いてあるなぁ、というぼんやりとした感想だけが残ってしまう。
いかんいかんとお便りを上から下へ何度も往復しているうちに、ほら出た「明日までにご用意いただきたいもの」という文言。
うっかり見落とすところだった。
つくづく思うのだけど、そんな大事なことを、さらりと書かないでほしい。
フォントのサイズを24くらいにして、太字で書いてほしい。
新年度のお母さんは、とてつもなく疲れていて、脳のストレージが、産後のそれくらいまで下がっている。
そして、こちらのポンコツ具合が元凶だとは知りつつも、大事なことなので箇条書きにもしてもらえたらと思う。
文章に織り込んまれた、明日までにご用意すべききあれこれを、うまく見つけ出すことがなかなか叶わない。
そして読んでいてびっくりしたのだけど、明日までにご用意していただきたいものは、たくさんあったし、そのうちのいくつかは針仕事を伴うものだった。なんてこと。
すっかり驚いてしまって、一も二もなく裁縫箱を引っ張り出した。
もう、眼球が耐えられる気がしなかったのだ。
一刻も早く、針穴に糸を通して、針仕事を終えてしまいたかった。
視界がぼやけるその前に、と仕上がりの良し悪はいったん置いといて、学校や園から配られたフェルト(4枚)を、ただただ縫った。
そして、縫い終えたらすっかり達成感に満ち溢れてしまうのだけど、テーブルの上にはまだみっちりとした厚みを持った紙束が待っているんだから、いったいどういうことなんだろう、とやはりどうしても気が遠くなる。
このあたりで情報の処理能力がうんと低くなってきて、眠すぎる私はもはや、手あたり次第目の前の空欄を埋めるマシンと化していた。
とにかく、住所と家族構成と保護者名と電話番号をただ書く。書く。書く。
あとから冷静になると、期日に少し余裕があるものもいくらかあったのだけど、なんかもう訳が分からなくなってとりあえずぜんぶ、もうぜんぶ終わらせてしまえばなにも間違うことはないんだ、みたいな気持ちになってしまったんだった。
家族構成を何度も書いて、緊急連絡先もあちこちに書いて、電話番号も保護者名も、たくさん書いた。
予防接種履歴もせっせと書いて、気がついたら深夜1時を迎えていた。
集中力が限界を迎えたらしく、ちょっと書いては手が止まるので、もはやここまでと紙類を整理してはっと気がついた。
私は「明日までにご用意いただきたいもの」を、ご用意している最中だったはず。
一心不乱にあれこれと書き散らかしていたけれど、フェルトを縫った以外、明日までにご用意いただきたいものを、なんにも用意できていてないのだった。
深夜1時、心を立て直して、明日までにご用意すべきあれこれともう一度向き合って、床に就いたのは午前2時を回ったころだった。
息を切らしてこうして新年度初日は幕を下ろし、そして、言わずもがなだけれど、なにかしらの漏れがやはりあって、はておかしいなぁ、と首をひねるまでが新年度。
みんなとってもお疲れ様。