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公開 2021年07月13日   更新 2022年07月07日

心配、心配、ぐう心配…!だった初発表会が、家族の特別な日になるなんて。

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初めて我が子が舞台に立つ日。
その日、親は舞台を直視できるのか、そしてその準備と練習の日々はどんなものか。
ウチの長女のピアノ発表会の思い出。


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私もピアノが弾けたなら

私が子どもの頃、周囲にピアノを習っている子は1クラス40人の中で2~3人しかいなかった。

地域性もあるかもしれないけれど、私が育った北陸の田舎にはピアノ教室みたいなものは当時まだ少なかったし、習い事と言えば、お習字かそろばん、あとはプリント学習の小規模の学習塾程度の選択肢しかない場所。

ピアノは花形で、私の憧れだった。

私は母に訴えた

「私もピアノ習いたいな」

母の答えはこうだった

「え、無理よ」

送り迎えもあるし大体ウチにはピアノがないじゃないと言われて、すげなく断られ、ピアノへの憧れは憧れのまま、私はピアノの弾けない大人になった。



それから約30年後、33歳で産んだ2番目の子、長女に

「アタシ、ピアノが習いたい」

そう言われた長女5歳の冬、私は

ハイ、長女ちゃんお母さんその一言ずっと待ってた。

そう思って内心飛び上がって喜び、表面上は

「ウン、習うのはいいけど、ちゃんと練習するんだよ、ピアノも買わないといけないんだしさ」

そんな風に訓戒を垂れ、なるはやで長女の為に良い先生を探した。

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先生がくれるもの

幸い今我が家があるのは、そこそこ人口のある関西のベッドタウンで、ピアノ教室の選択肢は多い。

大手の音楽教室、地域で長く教室を開いている個人教室、探せばいくらでもあった。

その中で私がお願いしたのは、長女の友人が習っているという先生だった。

各生徒の家に訪問してピアノを教えてくれる個人レッスン形式の先生で、Tシャツにデニムにまとめ髪の近所の元気なお母さんという感じの人。

実際近所のお母さんなのだけれど、素朴で気さくで何より

全然怒らない先生だった。

長女の母親の私自身は昭和産の人間なので、ピアノだとかバレエだとか、一見華やかでリボンでチュールレースでサテンのワンピース的なお稽古事というのは、その裏側が熾烈に厳しいのが定石だと思っていた。

レッスン中、先生の怒号が飛び、生徒は慄いて泣く。

でもそんな事は一切なかった。


長女は別に不真面目だとか怠惰だとかいう子ではないのだけれど、生来呑気者というか相当なマイペースさんで、先生が

「じゃあ長女ちゃん、今日はここ宿題にするからね、練習しておいてね」

初級も初級の小さな子ども向けの教本の中の1曲を仕上げるように宿題を出しても、次のレッスンでいい仕上がりを見せている事はまずない。

それでつっかえつっかえリズムを狂わせ、指は鍵盤の上をあっちこっち寄り道し、えっとこれはニ短調?ト長調?お母さんには皆目わかんないという1曲を弾き終えて、いつもドヤ顔でニコニコしている。

傍らの親は気が気じゃない。

普段、レッスン終了後はほんの5分程先生から『今日はこんな事をしました』『宿題はこのページを出しました』というお話をしてもらっている、その時に私が

「すみません、いつも練習しなさいとは言ってるんですけど、あんまり言うとあの子もイヤになるだろうし、かと言って放っておくとあまりやらないし…」

もうホントに、困ったもんですと、言い訳のような子育て相談のような事を言うと 、先生は

「音楽は一生仲良くしてくれるお友達ですから、今はそういう感じでいいんですよ」

そう言って鷹揚に笑ってくれるので、私達親子はこの先生がとても好きだ。

ただ、発表会となるとそうは言っていられなくなる。

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発表会がやってくる

長女の初めてのピアノの発表会は、6歳の秋だった。

それまではこの優しい先生のピアノ教室は口コミの、知る人ぞ知る個人レッスンのピアノ教室だからそういうのは無いんだろうと思っていた。

でもある日先生からメールで

「今年は市民会館の中ホールを予約できました、発表会は11月です、みんな頑張りましょう!」

というお知らせが来た。

それを見た時私は、我が子の晴れ姿が楽しみだとか嬉しいとかではなくてまず

『発表会?あのヘロヘロの演奏で?本気ですか先生?辞退します!』

イヤイヤ無理でしょという後ろ向きの感情が凄い瞬発力で脳内に飛んできた。

その次に

エッ?そういう時って何着せるの?

という疑問が発生。

思えばピアノの発表会になんて出た事がない人生だった。


その当時、やっと楽譜を少し読めるようになったばかりで、演奏は片手で簡単な音符を追う程度の事しかできていなかった初心者中の初心者の長女は、それに加えて度を越した恥ずかしがり屋さん。

とにかくシャイで先生が会場にと予約したホールは検索してみると『中』ホールとは言え、小学校の体育館位の規模のホールだった。

その会場のステージ上でスタンウェイのコンサートピアノを弾く長女を想像するだに私は

「あの気の小さい長女にそれはちょっと無理では」

そう思えた。

だからメールを見て即、私はつい本人に真顔で聞いていた。

「ねえ長女さん、今度ね市民会館の中くらいのホールでピアノの発表会があるって先生が連絡してきてくれたんだけど、そういうの大丈夫?」

「ウン!」

即答。
本当?できんの?

「イヤイヤ、ステージに大きいピアノがバーンてあって、客席に沢山お客さんがドーンといてな、他のお友達も順番に演奏して、きっとすごく緊張すると思うよ、普段着た事ないドレスなんかも着なあかんし」

「ドレス?着たい!」

私が、ドーンとかバーンとか擬音語を多用した関西弁で『発表会』を説明する言葉の末尾の『ドレス』に長女は過敏に反応した。

そう、6歳の当時も9歳の今も、長女はヒラヒラしてフワフワしてキラキラした物が大好きだ。

ピアノの発表会のドレスなんてもうどストライク、長女は親の心配をヨソに

「絶対大丈夫、絶対弾ける、だからママ、ドレスはピンクにしてな!」

そう言ってピアノのある和室に駆けて行き、まだ発表曲も決めてないのにピアノを弾き始めた。

その勢い、普段から欲しかった。

こうして人生初のピアノの発表会に6歳の秋に挑むことになった。

無理なら来年があると思うよという母の心配を

「イヤ」

という一言で退けた長女。

私はこの時、マイペースとは頑固と同義語であるという事を知った。

長女は穏やかそうな顔をして言い出したら本当に聞かない。

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当日、弾けた?

「目標が出来ると、レッスンの密度って言うんですか、そういうのがグンと上がるんですよ」

私はピアノの発表会とは、教室のイベント的なもので、そこにそれ以上の意味はないと思っていた、恥ずかしながら。

もちろんそういう側面もあるのだろうけれど、何より子ども達がもっとピアノを好きになって、もっと上手になろう、そう思う為の『目に見える、分かりやすい目標』なんだと先生は私に教えてくれた。

そしてその狙い通り、長女のピアノへの熱意は、発表会の予定が入る前と入った後では、前月対比300%増かそれ以上。

『私、こんなに頑張ってるの、だからドレスちゃんと用意してね』

という目論見…じゃなくて熱意に溢れていて、日曜日、普段なら休日は見向きもしないピアノを弾いている姿を初めて目にした夫は

「すごいなー弾けてるやん」

そう言って感心していた。

うん、右手だけな。

この時の発表曲は『まほうつかいのよる』 という小さい子向けの簡単だけれど綺麗な曲で、この曲を長女は、主旋律である右手はたまにリズムが早くなりすぎるけれど、間違いなく弾きこなし、それなのに左手がとにかく遅れるという現象が治らず、本番直前は本来なら週1回のレッスンを急遽、週2回にして練習した。

それでも最後まであまりいい仕上がりとは言えなかったその演奏も先生は

「間違えたらそれも味」

そう言って励ましてくれた、そうでしょうか、甘すぎでは。


でも長女は、発表会当日、おばあちゃんである私の母が縫ってくれた、コットンシルクのピンクのドレスを着て、髪にピンクのガーベラの花飾りをつけ、少しも緊張なんかせずに笑顔で舞台に立ち。

本番だけ一度も間違えずに完璧に弾き切った。

子どもってたまにこういう事をする。


その日は残念な事に、夫と息子は用事で別行動、私が長女に付き添ってその晴れ舞台を映像に残し帰宅してから男2人が嬉しそうに長女のピアノを聞いていた。

だから、長女の初めてのピアノの発表会の演奏を生で聞いたのは、私と本人ともうあとひとり、次女だ。

私はこの時妊娠34週目だった。

次女はあの時、私のお腹の中でちゃんと姉である長女の演奏を聞いていたのだと思う。

だって今、いつものレッスンの日に先生が我が家に来る時、真っ先に玄関に走って行くのはこの次女だ。

長女のレッスン時間に自分もピアノを弾くんだと言って邪魔をしに来る始末。

来年にはこの次女も先生の門下生として正式にレッスンを受けさせてやらないと。

そして来年は無理かもしれないけれど、再来年ぐらいには世界ももう少し落ち着いているかもしれないし、そうしたら今度は長女に新しいドレスを奮発して新調し、次女にはあの時のピンクのドレスを着せて発表会の舞台に立たせてやりたい。

その時は家族全員で観に行きたい、そう思っている。


※ この記事は2024年11月07日に再公開された記事です。

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