今から30年程前の事となるが、私が大学生の頃、家族で隣町にあるホテルに食事に行った事があった。
食事を楽しんだ後、みんなで少しホテル内のお店を見て回った。
その時入ったジュエリーショップで私はとてもかわいい指輪を見つけた。
小さな宝石がぐるっと一周はめ込まれた指輪で、石達が光を反射しキラキラかがやいていた。
普段あまり貴金属に興味がなかった私だが、その指輪を見た途端すごく引き込まれてしまった。
しばらくその指輪に見とれていると背後から父が、「何かいい物があったか?」と尋ねてきた。
とっさに「別に?」と言った私にすかさず父が「これか?」と全く違う指輪を指すので、「違う!これ!」と言ってしまった。
というのもその指輪は大学生の私にとってはとても高価で、自分には不釣り合いだと思ったからだ。しかし、すぐに父は店員さんを呼び、その指輪を買ってしまった。
私に関心がないと思っていた父と、ギザギザした指輪の思い出
340 Viewめったにものを欲しがらない私に、父がくれた指輪。30年経った今も、心のよりどころとなっています。『心に残った贈り物』をテーマに開催された、<Conobie×ネスレ日本 投稿コンテスト>。入選、kusegeさんの作品です。
「え?いいよ。要らない!」と言う私に父は「普段物を欲しがらないお前が気に入ったのなら買いなさい。」と言ってくれた。
嫁入り道具に…とでも思ったのか、「大丈夫だから心配するな。」と言いながら、会計を済ませる父の思い切りの良さにびっくりしたのを覚えている。
何より、私が「普段物を欲しがらない」というのを父が知っていたのが驚きだった。
父は仕事が忙しく家を空ける事が多かったので、私とはほとんど会話する事がなかった。
四つ年上の姉は嫁入り道具集めのためか、たまに時計や貴金属をねだっていたようだが、私はまだ学生だったし、そもそも貴金属や時計等に関心がない上に親に物を買ってもらう事に抵抗を覚えるタイプであった。
そんな私の様子を母や姉から聞いていたのかもしれないが、私に全く関心がないと思っていた父の口からそう言われた事に心底驚いた。
今思えば、たまに顔を合わせるとその時読んでいる本や見た映画の事などを尋ねられる事があった。
とはいえそこから会話する訳ではなく、聞くだけ聞いて「そうか。」と言うだけではあったが、父なりに私の事を理解しようとしてくれていたのかもしれない。
後日その指輪が私の手元に届き、一人でそっと指にはめてみた。
エタニティリングというそのタイプの指輪は、台の部分になっている金属で出来ている地金といわれる部分が少なく、指に留め金の爪部分があたり、少し引っかかるようなギザギザした感覚があった。
そしてそのギザギザを触っていると不思議と落ち着くような気がした。それでもやはりその時の自分には相応しくないような気がして、しばらくは大切にしまっておいた。
しかしそれから数年経ちそろそろその指輪をはめてもおかしくないかなと思える年齢となった時、父が急逝してしまった。
結局その指輪は父が買ってくれた唯一の嫁入り道具となり、同時に形見となってしまった。
それから随分時が経ち、今では自分で購入したり、もらったりと幾つかの指輪を持つ事となった。
それでも自分の結婚式や妊娠検査で初めて病院に行った日、子供の入学式、卒業式、受験の合格発表の日…など緊張や不安を伴う場面では必ず父が買ってくれた指輪を付けて臨んだ。
あのギザギザを触っていると、父に「大丈夫だから心配するな。」と言われているようで、不安な気持ちを落ち着かせる事ができたのだ。
何度もその指輪に励まされた私は、あの日指輪と共に父からの気持ちも贈られたと思い、まさにエタニティ(永遠)という言葉がふさわしいと感じている。
(ライター:kusege)
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