学童の支援員である著者・きしもとたかひろさんのエッセイ『大人になってもできないことだらけです』(KADOKAWA)。
著者が子どもとの関わりのなかで編んだ、「抱えているしんどさをゆっくり手放すための考え」に触れると、なんだか心がほどけていきます。
「どうしたらうまくできるか?」ではなく「うまくいかなくてもええんちゃう?」「子どもも大人もしんどくない今を考える」という優しい視点。
その一部を、コノビーでご紹介いたします。
なんでもない毎日にはなまるを
「ペンの持ち方、私と同じやー」
一緒に絵を描いていた小学生から声をかけられた。
その子の手元を見ると、親指がペンには沿わずにクロスしている。
なるほど、不格好なその持ち方は僕と同じだった。
子どもの頃によく「鉛筆の持ち方」を指摘されたのだが矯正されず、大人になってからは人前で字を書くときだけ「正確な持ち方」をするようにしている。
正確な持ち方は疲れにくいらしいけれど、僕にとっては不自然で、気を抜くと思いもしない方向にペンが動くため神経を使って書く分、疲れた。
プルプル震える手では思ったような絵は描けないので、誰にも見られていないときは自然と自分の持ち方を続けていた。
声をかけてくれたその子も同じような経験をしているのか、「一緒やなあ」と返すと「うん、学校では先生に怒られんねん~」と腹立たしげに話してくれた。
「わかるわ、僕も子どもの頃よく怒られたけど直らんかった」と共感すると「大人のくせに~」と笑っていた。
その屈託のなさが深刻さを感じさせず、それが逆に、このまま疑いなく矯正されて気づかぬうちに好きな絵が描けなくなるんじゃないか、と不安にさせた。
僕は「肯定してあげればよかった」と後悔した。
学校の先生や保護者の方からは嫌がられるかもしれないけれど、"大人のくせに"同じ持ち方をしている僕だけでも「君がその持ち方で描いたその絵が、君の絵やで」と伝えればよかったな、と。
「とめはね」よりも大切にしたいこと
本来「よりよくするために」と決められたものが、逆に足かせとなってパフォーマンスが落ちるということはよくある。
鉛筆の持ち方とあわせて、「とめはね」についても厳しく注意された。
漢字の書き取りの際に正確に「はらい」や「はね」ができていないと丸をもらえなかった。
厳しく指導された結果育ったのは、正確な字を書く力ではなく、正確に書けていない人に指摘する力のほうだった。
学童に来ている子どもの宿題を覗き込んで、親切心で「とめはね」を指摘しては正しいことをした気分になっていた。
そんなある日、そのなんの役にも立たない肥大化した正義感が、いともあっさりと打ち砕かれる情報を仕入れる。
文化庁『常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)』によれば、漢字の字体・字形については、その文字特有の骨組みが読み取れるのであれば、誤りとはしない、という方針だそうだ。
しかも、僕が生まれる前から。
いや、昭和24年からだから両親が生まれる前からだ。
衝撃の事実だ。
あれだけ「ゆるぎない正義ですよ」と厳格な顔をして僕の中に存在していたものが、実は「細かいことは気にしなさんな、読めたらええねんで」というゆるいスタンスだったのだ。
よくもまあ偉そうにしていたものだ。
今まで僕が信じてきたものはなんだったんだ……。
という気持ちがなくもないが、僕はそれを知って少し気持ちが軽くなったのを覚えている。
きれいに書けないときには気負わずに「読めたらええねん」と思って書けばいいのだと。
逆に、余裕があるときには「読みやすいように」と丁寧に書くことを意識できるようになった。
苦手な文章を書くときも、誤字があっても文なんでもない毎日にはなまるを脈で理解してもらえるかも、と思えるようにもなった。
気持ちが軽くなって結果的にパフォーマンスは上がる。
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