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公開 2023年04月04日  

息子が妹に「ママは、すごいんだよ」この子の母で良かった…と心から思えた

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1歳半から6歳まで「ママイヤ」状態の息子。そんな息子との関係に傷つき、半分は諦めの境地に達していた私に到来した転機。
思わず涙ぐんだ息子の言葉とは……?


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「ママイヤ期のベテラン」な6歳息子


わが家の息子はママイヤ期です。

しかも1歳半から6歳まで続く、筋金入り。

もはやママイヤ「期」、と呼んでいいのかよくわからないほど、生まれてから8割方の時間をママイヤ状態で生きている息子。

朝起きたときにママが一番に目に入ると「なんでパパじゃないのか」と泣く。

ワンオペの時は非常に頭を悩ませた、「お風呂も歯みがきもパパじゃないとイヤ」。

外食の席もパパの隣じゃないと怒って食べてくれない。


息子のママイヤ期が始まったのは年子の妹である娘を妊娠して間もなくからでした。
彼なりの寂しさもあったのだと思います。

そんな毎日に、ママである私は、傷つき疲弊していました。

一番悲しかったのは、夫と交代で、定期的に通っている歯医者さんに行った時のこと。

息子が治療台で歯に水をかけられるのを嫌がり、色々となだめすかしてもダメで、いったんその日は虫歯の治療を諦めることになったことがありました。

その帰りがけに担当の女性医師に呼び止められ、言われたのは「次からお父さんが来ていただいてもいいですか?その方が治療が上手くいく気がするので」という言葉。

「わかりました、すみません」と返事をしながらも、目の前が真っ暗になるような、足元がグラグラするような衝撃でした。

「ああ、外の人から見ても、私は母親としてダメなんだ……」と精神的に打ちのめされ、立ち直るのに数日かかりました。


「どうして私じゃダメなんだろう」
「同じ年子でも、上の子がみんなママを拒否しているわけではないのに」
「私は母親として力不足なのだ」

そんな風に絶望して、泣いた日もたくさんありました。

でも、あまりにそれが長引くうち、私の方もだんだん諦めの境地に達してきました。

「お風呂に誘ってもどうせ嫌がられるんだろうな(と思って夫に頼む)」
「嫌がられるし、初めから食事の時は隣に座ろうとしないでおこう」
「家族で遊びに行くときは、もう自分は準備係や縁の下の力持ちでいいや、夫がメインで遊んでくれることだし」

そんなことを思いながら動いていると、息子との距離は広がる一方。

愛情を伝えても、逃げられることも多く、「これが母の無償の愛ってやつね」などとちょっとひねくれたような言葉で、自分を納得させるしかありませんでした。


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状況が変化した意外なキッカケ


そんな中、息子が6歳になった頃から少しずつ状況が変わり始めました。

きっかけは、4歳の娘(妹)とのパパの取り合い。

娘は卒乳が遅めだったのもあり、長いことママにベッタリでした。
私にとっては、ママイヤ期の息子に傷ついた悲しみを癒してくれる貴重な存在でもありました。

そんな娘が、なんと3歳半ごろから急に「パパがいい」と言い始めたのです。

夕飯の席、お風呂に入る順番、寝る時の布団の位置……。

生活の様々なシーンで「パパがいい」を連発し始め、息子はパパを取られまいと必死に。

そんな状態なので、些細なことでも兄妹喧嘩が勃発。

私が止めに入っても子ども達への影響力が弱く(自分で書いていて悲しいですが)、夫がなるべく公平になるようにバランスを取ってくれていました。


状況的に娘がパパ(の隣)を勝ち取ることもしばしば。
そんな息子を慰める役にまわっているうちに、なんとなく私と息子が二人で過ごす機会が増えてきました。

ちょうど息子も年長クラスになり、メンタル的に成長する時期と重なったのもあるのか、妹にパパを譲って私との時間を選ぶことも。

するとこれまでパパ一択だった選択肢が、パパとママが半々になってきました。

嬉しい気持ちがある反面、これまでの悲しい経験の積み重ねもあって、

「あまり喜びすぎても基本はパパが一番なんだから」
「どうせ私は報われないんだ」

そんな風にも思っていました。


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「この子のママでいいんだ」と思えた瞬間


そんなある日の夕食時。

娘が食事前に癇癪を起こしていました。

食事を私が配膳したのが気に入らなかったらしく、「パパに持ってきてほしかった!」とぐずる娘。


そんな娘に、息子が唐突に話しかけました。

「あのさぁ、ママはすごいんだよ。僕たちを産むために2回もお腹を切ったんだから。」

「だからそんな風に言っちゃいけないんだよ」


私はキッチンでそれを聞いて、衝撃を受けました。

以前、出産時のエピソードを伝えた時は「ママから産まれたくなかった(パパから産まれたかった)」とまで言っていた息子が、こんなことを娘に話すなんて、と。

そして急に、息子が産まれた時からこれまでのことを思い出しました。

胎盤早期剥離で母子ともに危険な状態と診断されて救急車で搬送、緊急帝王切開になったこと。

予定日より早く産まれたため体重が少なく、NICUでたくさんの管を付けて保育器で寝ている小さな小さな姿を見て泣いたこと。

後遺症を心配しながら、小児科の待合室で定期検診の順番を待っていたこと。

そんな思いをした私に、全くなついてくれない息子。

仲のいい母子を見て、寂しく、空しい気持ちを抱えていた日々。


それが全部、その言葉で報われたような気持ちになりました。

「ああ、この子と母子で良かった」

キッチンで涙ぐみながら、心からそう思えたのです。




自由に、自分らしくママであること

正直これまで私にとって、子育てにはあまり楽しい思い出がありませんでした。

もちろん子ども達は、何にも代えがたい愛おしい存在です。

でも愛情を伝えても反応が返ってこない日々が何年も続き、疲れと諦めで自信を無くしていくうちに、「私がこの家で母親である意味は何だろう」と考え込んでしまう日もたくさんありました。

他のママさん達と交流していて、子どもとの信頼関係が垣間見えた時。

子育てに自信がない自分が顔を出して、急にそのママさん達との関係性に一線を引いてしまうこともありました。


でも、この息子の言葉から、私はたくさんのことをもらいました。

この子たちの母親でいいんだ。

「母親として」もっと自由に振る舞っていいんだ。

今は以前より少しのびのびとした気持ちで、子ども達と接することができるようになりました。

子ども達2人ともパパっ子なのは相変わらずですが、穏やかな気持ちで見守ることができています。

まだまだ子育て約6年目、これからさらに色々なことが起こると思います。

親子で悩むこと、母親として迷うことも、きっとたくさんあることでしょう。


そんな時は、あの時の息子の姿を思い出して乗り切っていくつもりです!



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