子どもとは授かりものであるので、それはやはり「ヨシ!ここはひとつ子どもをもとう!」などと意思決定をしてその後、速やかに子どもを授かれるようにと努力したところでそれが叶うかどうかはやはり神様の、もしくはコウノトリ殿のご機嫌の如何によるところ。
なかなかそれが叶わなくて病院にも沢山通いましたという方々もある業界なので本当に難しいなあと思う。
それでもなんとか1人目を授かり、怒涛の乳児育児の日々を経て、ある日ふとその子に赤ちゃんくささというのか(もしやこの子、もうそんなにバブってない? )など思う時、人によっては「この子にもうひとり、きょうだいがあるといいのになあ」など考えるようになる。
とはいえ世の中は慢性的に不景気というか、なかなかに厳しくて
「子どもひとり成人させるのに一体いくらかかると思います?実は…」
などいうFPさんからの話を聞くにつれ「ウチはこんなんで大丈夫やろうか…」と不安になり、そうして色々考えて我が家はひとまず3学年差で次の子である長女をもうけた。まあ授かったということなのだけれど。
3歳差にしたことにはすこしだけ、狙いがあった。
まず幼児期の長男が私にべったりの甘えん坊で、それなのにひとたびお外に出して3秒目を離すと忽然と姿を消してしまうタイプの恐ろしく俊敏な幼児だったこと、それで3歳くらい年を離せば流石に長男も赤ちゃんではないし、ある程度「まってね」とか「ちょっとがまんして」などの親のお願いをきっと聞いてくれるだろうと(うそ、全然だめだった )そう思ったからだ。
そしてもうひとつが幼稚園、我が家の子どもらは皆、3年保育の幼稚園に通ったのだけれど、3歳年の差があると、長男が卒園したらその次にすぐ長女が入園ということになる。
それが例えば年子とか2学年差だと幼稚園に1年ないしは2年、同時に在園することになり、まだ保育料無償化というもののなかった頃、私立でバス送迎つきの幼稚園に子どもを2人同時に在園させるというのは当時の我が家にはちょっと、まだ荷が重かった。
それに長男が卒園してそのまま玉つき的に長女が入園するということになると、幼稚園の制服であるとか帽子、体操服はそのまま妹である長女が活用できる。
買い直すのは消耗品であるところの靴下、それから制服のスカートくらい。
できれば3年保育がいいからと、思い切って入園させた私立の幼稚園、そこは大当たりで、先生は優しく、園行事は運動会も発表かものんびりと緩い感じで、周囲のお友達とくらべて成長の色々がゆっくり目のうちの子ども達にはとてもよい環境だったのだけれど、身の回りのものが例えばブレザー、ボトム、ベストに帽子に体操着にスモック…それどころか靴下すら指定であったために、入園の段階でそれなりに出費がかさみ、そのあたりを3歳差のきょうだいは一番カバーしやすい年の差だろうと思ったのだった。
(ヨーシ、完璧だ)
そう思っていたころが私にもあったのですよ、ええ。
あの頃の私の大変浅はかなところは、長男が大変活発で元気であるというか、とにかく家にあるものを破壊、瓦解させることにかけては
「しょ、将来は解体屋さんにでもなるのけ?」
と言いたくなるような性格性質を持っていることをすっかり失念していたことだと思う。
幼稚園のワンポイントのマークつきの真っ白な靴下は一体どう歩いたらそんなに真っ黒になるのか毎日真っ黒に汚れ、結果サイズアウト前に灰色にくすんで、親指のあたりにぽっかりと穴が空く始末。
幼稚園の名誉のために言っておくと、毎日先生方がお掃除をしてくださっているので大変に綺麗な幼稚園なんですよそこは。
それから帽子関係、これなんて夏は麦わら帽、冬はフエルトの制帽と、半期に一度変わるものだしそもそも制帽なんてものは登園時と降園時にしか被らないのだから痛みようがないだろうと思っていたら、フエルトの方の制帽は年少さんの段階ですっかりほつれてあごのゴムはのびのび、麦わら帽子に至っては年中の頃につばの部分が本体からはぺりぺりと剝がれはじめ、年長の夏の終わりにコントみたいにつばの部分がバリっと、すべてはがれた。
完全に分離してしまったのだった。
それは何もかも、長男が園用品をその辺に放り投げたり乱暴に引っ張ったり、上履きも履かずにその辺を走り回ったりなどするためで、ついでに言うと冬にお外で着用する指定ジャンパーも、幼稚園のお帰りのバスを降りた後、お友達と遊んでいてその辺に置き忘れて無くしてしまった。
「制服がちょっとお高いけれど、長男の卒園後は長女のお下がりとして大体使えるはずだし、まあいいや」
なんて認識は、大変に甘かったというか、思慮浅薄にも程がある考えであったということでした。
しかし懲りない私は、長男の中学校入学の際もこれとよく似たことをやらかしている。
私の暮らしている地域の公立小学校には制服はないので毎日私服登校なのだけれど、その次の中学校には制服があって、それは公立と言えども制服一式に体操服、すべて洗い替えまで買いそろえると相当なお値段になる。
公立なのにそれもどうかと思うのだけれど、しかしなにしろありとあらゆる己の衣類をその辺に放り投げておいて
「着ていく服が、無い!」
と大騒ぎするのが長男という子なもので。それでまあ親と子、双方の心の平安のためにあれもこれも全部2着ずつ買えばええやないのと入学準備の際、私は結構な大盤振る舞いをした。
その時も私の脳みその端にほんの少し、しかし確実にあったのは
「まあええか、長男が卒業した後にすぐ長女が入学するのやし、その時には制服のスラックス以外はお下がりにできるはずやし」
という浅はかすぎる思考であった。
で、それらは長男が中3になった今、一体どうなっているのかと言えば、真っ白だった制服のポロシャツには墨汁のシミと無数のほつれ、体操服のジャージには冬場急ぎ乾かそうとしてストーブにあてて開けたらしい大穴(修復不可能)、セーターには無数の毛玉。
少しお手入れをしたらあと数年寿命のありそうなものもあるけれど、それでも半分くらいはよれよれのぼろぼろ。
それを見て母親の私が
「あんたはどーしたらこうも制服が傷むわけ?」
と深いため息をついても当の本人は「なんもしてへんけどほつれた」「勝手にこうなっているので俺はなんとも」など言うばかりで、彼の卒業まであと半年ほど、来年中学生になる長女の制服、つまりはお下がりの2軍として生き残ってくれそうなものは1/3も無いのではないか。
制服のお下がりはウチに限ってはあまり節約にはならなかった。
このように、子どもを育てるのは、日々着る物から食べるもの、教育、習い事、なにもかもにお金がかかるもの。
最近だと、受験生の長男の夏休み講習に10万円のお支払い、そのスグ後に「秋特訓が日曜日に入ります」と学習塾から連絡があってそのお値段が大体6万円、そして1回ごとに地味に課金されてゆく模試。
我が家のように、子どもは皆公立の小中高に通わせて、魂の飛ぶような贅沢はせず、何とか公立高校入試のための学習塾には通わせてあげられるけれど、それ以外はつつましく細々やってゆきましょうという感じの家庭でも、子どもが成長してゆくにつれ、親の方は子どもを取り巻く色々にもう息も絶え絶えというか、お金がフローしてゆくばかりでひとつもストックとはゆかない日々に「これほんまに大丈夫なん」と心配になってくる。
のではあるけれど、うちにはあともう1人、長男の9歳下、長女の6歳下に次女がいて子どもが3人。
ここまでくると「子育てにコスパを持ち込んだらおしまいやで」などと開き直ってしまうことが、この先どんどこ教育費のかさむ我が家には一番大切よなと、長男の学習塾からの請求を眺めながら日々思っている次第。
というのも我が家は来年度、長男が高校、長女が中学、次女が小学校とトリプル進学であって、制服にランドセルに、通学カバンにそれから高校は入学金に受験料と親はコスパがどうとか言うてる場合ではなく、ただ我が子のために必死に働くだけなのだ。
いいんだ、子どもが毎年大きくなり人生に色々を、小学生になるよとか、中学では何部に入ろうかなとか、高校受験がんばるよとか、それぞれが未来への希望と共に大きくなってゆくのを見るのはやはり楽しいものだし、衣類に関しては、丁度親の背丈を子どもが追い越すころになると、子どもがお下がりを親にくれるようになる。
丁度我が家では息子が私にサイズアウトしたデニムなどをくれるようになったところ。
3歳差のきょうだいのお下がり計画は全く上手くいかなかったけれど、私と長男、まさかの30歳差のお下がりが実現したということです。