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公開 2015年11月06日  

親は「教育のプロ」じゃなくていいと思う。

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子育てや教育に注目が集まるのは本当にいいことだけども、なんか、どんどん親への要求が高まってきていて、ちょっと窮屈。そんな風に思ったことはありませんか?
「親は最良の先生であるべきか」今回はそのことについて考えてみます。


目次 教育現場の「先生」に求められるプロ意識
親も「先生」であるべきだろうか
子どもにとって、親は「先生」じゃない
先生にはできない、親の役割ってなんだろう

教育現場の「先生」に求められるプロ意識

幼児教育に注目が集まっている近年。

保育園・幼稚園だけでなく、地域の習い事や幼児教室の先生への要求も高まっているのではないでしょうか。

「サービス」として提供されているこれらの教育は、その道のプロ(スキルというよりも意識の上で)によって行われています。さまざまなニーズに合わせて、対価に見合ったサービスをしなければならない。一種のプレッシャーの中で仕事をしているはずです。

この「プロ意識」というものは、仕事である以上は当然求められるべきものでしょう。

子どもへの声がけの仕方
文字の教え方
集団行動で必要なスキルの習得のさせ方


こうした面で、それぞれの専門性を発揮するのが「先生」と呼ばれる人たちです。
(本当の意味での先生の専門性とは何かという議論は、ここではしません)

親も「先生」であるべきだろうか

そうしたサービスとしての教育が盛り上がっていく一方で、家庭での親による教育への期待も高まっているように思います。

確かに、家庭の中で親がどのように接しているか、いかに学習をサポートし、必要なしつけができるかなど。子どもが家で過ごす時間を貴重な教育機会と捉えれば、その重要性にうなずける気もします。

でも私は、あえて親は「教育のプロ」じゃなくてもいいと言いたい。

先生は教育のプロであって欲しいけれども、親までが同じ様な期待をかけられる必要は無いと思うのです。

なぜそのように考えているか、私の育児相談の経験を踏まえてお伝えします。

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子どもにとって、親は「先生」じゃない

親は「教育のプロ」じゃなくてもいい。

私がそう考える理由の一つは単純です。

子どもにとって、親は先生ではないからです。

学校や幼稚園に行けば先生がいる。そして帰ってきてもまた先生としての親がいるとしたら、どんなに窮屈でしょう。

一緒にいてくれるだけでいい。教えるでもなく、評価するでもなく、ただ共感したり、一緒に楽しんで欲しいという時だってあるはず。

それなのに親が常に先生モードでいると、子どもは息つく暇がありません。


そしてなにより親が、息つく暇がなくなります。

これが二つ目の理由です。

子どものために少しでも教育をと、常に先生モードで頑張っているお母さん、お父さん。

親がそれを楽しめていたり、親子で共通の目標があってそれに向かって頑張っているならいいかもしれませんが、そうでない場合は、親が先に疲弊してしまうかもしれません。

働いているお母さんであれば、職場では職場の人格を、家庭では妻として母親として、さらに先生としての人格を生きなければならないのです。ずーっと、スイッチONにしていなければならない状態が続きます。

そこから更に余裕がなくなり、子どもにに余裕の無さが伝わると、失敗や反発が増え、また親はイライラ・・・。というスパイラルに入ってしまいがちなのです。

そうなってしまえば、子どものためにと始めたことも、望まない結果になってしまいます。

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先生にはできない、親の役割ってなんだろう

介護の業界でよく聞く言葉に

介護はプロに。家族は愛を。

という言葉があります。

私も実家で祖母の介護をしていた時には、この言葉にずいぶんと救われたものです。

ああ、そこで役割を分けてもいいんだ、と。


子育てにも似たようなことが言えるのではないでしょうか。


先生はたくさんいるけれど、「親」は、一人か二人だけです。

子どもの育ちに関して、親が全ての役割を背負うことはできないし、その必要もありません。

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子どもが知りたいことを、いつでも知っている必要はない。

子どもの前で、かっこわるかったり、失敗したっていい。

子どもに算数をうまく教えられないからといって、自分を責めなくてもいい。

子どもを泣き止ませることができないからといって、親として能力が無いなんて思わなくていい。

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いつも「先生」として振る舞うことよりも大切な親の役割は


子どもの味方でいること


だと私は思います。

これは常に褒めていればいいとか、子どもの言いなりになるということではありません。

何があっても、最後には味方になってくれる存在というのは、行き着くところ、親(保護者)しかいない。

そういう意味で、どんなに叱っても、親子喧嘩をしてしまっても、最終的には、子どもの味方であって欲しいと思います。

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