先日、ある中学校の授業参観に行ってきました。
前で先生が授業をしているのに私語をしている生徒がいました。カバンを床に上に置いたままの生徒もちらほらいました。先生も特に注意はせず、淡々と授業を進めています。
また、ある日、保育園の授業参観に行ってきました。園児たちはしっかり先生の話を聞いていて、とても集中していました。自分の持ち物をちゃんとロッカーに入れています。
この光景を比較して「目の前の可愛い素直な子どもたちも将来、こんな中学生になってしまうのかなあ」とふと思いました。
でも、幼児期にしっかりしつけをしているのならば心配無用です。
何故なら“幼児期に身についたものは石の上に刻まれ、大きくなってからのしつけは氷の上に刻まれる”からです。
そこで『1人でできる子が育つ テキトー母さんのすすめ』の著者の立石美津子がその具体例をお話ししたいと思います。
幼児期のしつけも、環境が変われば無駄になってしまうのでしょうか?
8,787 View幼児期にしつけをしたのに、小学生になると途端に言葉遣いが悪くなる子どもがいます。とても残念ですね。幼児期のしつけは意味がないのでしょうか?
幼児期にどう片づけのしつけをしたか?がポイント
幼いころ、“出したものを元にあった場所に戻す”というお片づけの習慣をしつけられた子どもは“散らかっていると気分が悪い”感覚が身についていますので、整理整頓ができる大人に成長します。
けれども、幼児期にこれが身についていないと大きくなって“親がうるさく怒るから渋々片づける”、“お客様が来るから片づけなければならない”となってしまい、“自らそうしたい”というよりも“周りを気にして不本意ながら片づける”ようになってしまいます。
それでは、幼児期にどのようにしつけを行えば良いのでしょうか?
例えば、幼児でも歯磨きの蓋を開けたままだったり、チューブをその辺に置いたままにしていたり、歯ブラシを定位置に戻していなかったら、親がそれを片づけるのではなく、子どもに元にあった場所に戻すように促しましょう。これで習慣化していきます。
中学の授業参観で見た荒れたクラスの中でも、自分のカバンをちゃんと指定場所に置いている生徒がいます。幼いころ、家庭でちゃんとしつけられてるので特に先生から注意をされなくても、周りの友だちが散らかしたままでも、それに流されることはないのです。
小学生に上がると、どんなにしつけても言葉遣いは変わっていく?
ある40代半ばのお母さんが、幼児期に美しい母国語の基礎を身につけさせるために絵本の読み聞かせをたくさんしていました。俳句や諺なども、教えていました。
若いママ友と話す時は、周りに合わせて「うっそ~ほんと~超、っていうかあ、ぶっちゃけ、~じゃん!~なやつ」などの言葉を使っていても、子どもの前ではできるだけ丁寧に話しかけていました。
それから「超美味しい」「うまい」「でっかいピザ」と言いたいところを、ぐっとこらえて「とっても美味しい大きなピザ」と使っていました。
そのくらい気をつけている親御さんの子どもでも、小学生になり学年が上がるごとに言葉が乱れることあります。さかんに「まじ」「超」「やばい」と使ったりします。
また、幼いころは幼稚園であったことを「今日は○○君と遊んだ」「先生に紙芝居を読んでもらった」と嬉しそうに話してくれていたのに、何を聞いても「別に」「普通」と愛想のない返答が返ってくるようになります。
こうなると“幼児期はあんなに素直で可愛い子どもだったのに・・・”と悲しくなります。
それは、どうしてなのでしょうか?
小学生になると、幼児期とは違い“大人対子ども、先生対子ども、ママ対子ども”の世界から友だちとの関係性が複雑化し、大人との関係よりも友だち関係を優先するようになってきます。これも成長の一過程です。
そんな中で、仲間意識を強めるために相手に合わせて流行り言葉をあえて使って、友だちの輪に入ろうとする子もいます。でも、決して幼児期に教えたことが消えてしまったわけではありませんから、心配はいりません。
その証拠に幼児期は園の担任に「先生、おしっこしたい」「先生、鉛筆ちょうだい」と話しかけていた子どもたちも、小学生になると忘れ物をした時、担任に「先生、トイレに行ってもいいですか?」「鉛筆を忘れたので貸してください」と言えるようになってきます。
中には「鉛筆を忘れたので貸していただけますか」「鉛筆を忘れたので貸してくださいますか」の敬語も正しく使える子までいます。
親が目上の人に対して敬語を使っている姿を見て育った子どもですね。
正しい言葉遣いをするべき時にはちゃんと話すことができますので、この場合は目くじら立てて心配することはありません。
学校で求められるのは“文字の丁寧さ”ではなく“書くスピード”
あるお母さんが、子どもが幼いころからきちんと文字を書かせようと書道を習わせていました。幼児であるのにも関わらずとても綺麗な文字を書くことができていました。
そんな場合でも、小学校に入学すると途端に汚い文字を書くようになることがあります。
それは、学校の授業で一文字一文字丁寧に書くことよりも“時間内に回答する”ことを求められ、スピードを優先されることが多くなるからです。算数になると、さらにこれが加速します。どんなに数字を綺麗に書けていても答えが間違っていたり、回答していない部分があると点数がとれないからです。
漢字の書き取りも計算問題も“5分間テスト”といって担任がマラソンのタイムをはかるようにストップウオッチを握り締めて時間制限をすることがあります。
こうなってくると、子どもはどうしても殴り書きをしてしまいます。丁寧に書きながら、早く正解を出すなんて2つのことを同時にこなす芸当は子どもにはまだ無理なのです。
でも、幼児期に“一文字一文字丁寧に書く習慣”が身についている子は「丁寧に書きなさい」と言われれば書けます。年賀状、作品展の文字は整っています。しかるべき場面ではちゃんと書けます。
お母さん、お父さんだって自分のメモ書きは酷い文字でも履歴書、子どもの学校への提出物、結婚式、お葬式の受付などでは綺麗に書いていますよね。子どもも目的に応じて使い分けすることができるのです。
“朱に交われば赤くなる”はほんと?
“朱に交われば赤くなる”
このことわざは、朱色が入り混じれば赤みを帯びるように、人は付き合う人の良し悪しによって善悪どちらにも感化される、という意味です。
幼児期にいろいろとしつけをした子どもも、そうなのでしょうか?
いいえ、そんなことはありません。
幼い頃に教えていなければ、言葉遣いも文字を殴り書きする状態が続きますが、幼児期にしっかりとしつけて習慣づいたものは生涯、消えることはありません。
まさに、“幼児期に身に付いたものは石の上に刻まれ、大きくなってからのしつけは氷の上に刻まれる”。
子どもなりにその時々の環境に合わせて流されることもあります。
ですから、子どものその場の態度に過敏になり過ぎて「ああ今までの苦労は無駄だった」と一喜一憂することはありませんよ。
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