出産を機に仕事を辞めるのは、本当に自己責任?『育休世代のジレンマ』著者の中野さんインタビュー
6,437 View働くキャリアと育児の両立。だれもが抱えるこの悩みを、どう考えればよいのでしょう。『育休世代のジレンマ』の著者、中野円佳さんにインタビューしてきました。
イクメン、イクボス、ワークライフバランス…
育児と仕事の両立を推し進めるような言葉や制度はずいぶん増えました。
しかし現実は、出産後に約6割の女性が仕事を辞めているという事実があり、女性の方が仕事を続けにくいという傾向はまだまだ根強いようです(注1)。
育休を積極的に後押しする企業も増えているなか、どうしてこのような状態が続いているのでしょうか。
この問題を考えるべく、新聞記者としての勤務ののち、育休中に働く女性を取り巻く問題を明らかにした『育休世代のジレンマ』を出版、現在はジャーナリスト・研究者として活躍される中野円佳さんにお話をお聞きしました。
「育児と仕事、どっちも大事」じゃいけないの?
ー『育休世代のジレンマ』は多くの方に読まれましたね。この本を出版するにいたった動機は、どんなところにあったのでしょうか?
ひとことで言うと、「イラ立ち」でした。
ーイラ立ち?
今まで仕事に打ち込んできたのに、出産したとたんに「女は結婚すると変わっちゃうよね」、「子どもがかわいくて仕事する気なくなっちゃった?」って、まわりの見る目がガラリと変わったんですよね。
たしかに育児は大変だし、子どもはかわいいけれど、だからって仕事がどうでもいいわけじゃない。
そもそもどうして、「育児」と「仕事」が二者択一みたいに考えなきゃいけないのか……
仕事する気がなくて残業ができなくなっているわけではないのに、なんで働くママたちがこんなに好き勝手言われなきゃいけないんだろうって。
モヤモヤするのに、当時の自分はうまく言い返せなかったんですね。
ーそれで、イライラした。
かなりしました(笑)。
それで同世代の友人たちに話を聞いてみると、仕事にバリバリ打ち込んでいた人ほど、出産したあとの育児と仕事の両立に思い悩んでいるように感じたんです。
そしてそんな女性ほど、「両立できなかった自分が悪い」、「夫はよくやってくれているし…」、「会社に申し訳ない」と、自分を責めてしまうことがとても多い。
本当に私たちのせいなのかな、これは社会の側に問題があるんじゃないか。
そんなモヤモヤを解消したくて、育休中に同世代の働くママたちへのインタビューを始めました。
その研究結果を本にしたのが、『育休世代のジレンマ』です。
「子どもを産んで辞めるのは自己責任」って、ほんとにそう?
―中野さんが本の中で「育休世代」と表現されたように、ひと昔前よりも、産休・育休の制度等は整ってきているとおもうのですが。
むしろ、制度が整ってきたからこそ、両立のハードルが高くなっているように感じます。
—むしろ、ですか。
そうですね。育休明けで職場に復帰したときに、家事や子どもの送り迎えもあるなかで、出産前と同じペースで働き続けるのは、“長時間労働”が前提になっていると、難しいんです。
でも日本企業の多くは、長時間労働できないと成果も評価も得られにくいような体質になっていて。それだとどうしてもワーキングママは不利になってしまいます。
—時間あたりの生産性よりも、とにかく長時間働いたもの勝ち、になってしまうんですね。営業職などだとその傾向が強いように思います。
そう、その認識は強いですね。
もともと意欲はあったのに、「子どもがいる」というだけでキャリアアップの道が閉ざされる。
やりがいも展望もない仕事を続けるぐらいならやめて育児に専念した方が…とママたちが退職を選ばざるを得ないような構造が、実は背景にはあるんです。
―なるほど。そうした構造があるのに、「女性は勝手に辞めていく」と、個人の責任問題にされてしまうわけですね。ちなみに、働くママたちが声をあげて企業の体質を変えていくような動きは、実現可能なのでしょうか。
ありえます。が、結論から言うと、ワーママ個人が企業を内側から変えていくのは現状ではとてもむずかしいと感じています。
私自身も前職でいろいろと提案した経験や、他の事例のインタビューをしてきたなかで痛感したことなのですが、育休世代のワーママはまだまだマイノリティなんです。
声をあげても「義務を果たさないままの権利主張だ」と煙たがられたり、上の世代のワーママからは「私たちの頃はキャリアもあきらめて我慢してたのに」と溝ができたり、なかなかまとまった声として大きな影響力を持ちにくいんですね。
—マイノリティゆえのむずかしさがあるんですね。
はい。ただ、中から変えるのはむずかしいけれど、企業の外からなら、少しずつでも文化づくりをしていけるかもしれない。
それで今は、ジャーナリストとして発信をしつつ、女性を含めたダイバーシティ推進のマネジメント研修などの活動に取り組んでいます。
好きなだけ働ける夫を見て「悔しい…」 パートナー同士のリスペクトがキャリア両立のカギ
―企業や社会が変わっていくにはまだまだ時間がかかりそうですが、そんな状況のなかでも、育児をしながら働き続けたいという女性はたくさんいると思います。そんな女性たちが働き続けるためには、まずはパートナーとの協力が大切だと思うのですが、中野さん夫婦のお話を聞かせてください。
私たち夫婦の場合は、夫が家事が得意なこともあって、出産前は半々くらいの割合で家事を分担していました。
出産しても私が働き続けることは大前提だったんですけど、結局出産後は、私の方だけが働き方を大きく変えなきゃいけなくなりました。
さきほどお話したように、出産で一度休まなきゃいけない私より、働き続けられる夫の方が給料も上がりやすいし、期待もかけられやすいので、夫婦の選択としても夫がそのまま働いた方が、合理的だったんですよね。
—確かに男性は子どもができたからといって、女性ほど働き方を変えなくても仕事を続けやすそうなイメージがあります。
その通りだと思います。
前職の頃、残業をせずに保育園のお迎えやそのあとの子育てを担っている時に、深夜まで働いている夫の姿をみて、すごく悔しい気持ちになったことがあるんですよ。「好きなだけ仕事できていいなぁ」って。
—そういう感情が湧いてくるのですね。
振り返って思うのは、相手の仕事に対するリスペクトを持つこと、そのために、お互いの仕事へのスタンスを共有することが大切なポイントだった、ということ。
それを実感したのは、私が転職してからなんですけど。
自分の名前で仕事をすることが多くなり講演などをするようになってから、夫も私の仕事に対して尊重してくれるようになった気がします。土日などの休日に仕事が入ることも多くなったんですけど、「じゃあこの日は僕が家にいないとね」と。
—どちらが多く働いて稼げるか、ではなくて、パートナーの仕事そのものに対して理解やリスペクトをするのが大切なんですね。
そうですね。私も、管理職としての夫にきちんと目をむけられるようになってから、既婚女性だけでなく独身男性も含めてみんなに配慮しなければならない「現場のリアル」みたいなものを、冷静に見ることが出来るようになった気がします。
働くママたちが、自分らしくいられるように
―出産に育休、出版に転職と、さまざまな経験をされてきた中野さんですが、振り返ってみて、いま、ご自身が女性であること、母であることをどのようにとらえていますか。
実は私、20代前半の頃って「女扱い」されるのが嫌だったんです。
—女扱いが、嫌だった?
嫌でしたね。
就職活動の時とか、働いている時に女であることを強調するのが、男性に媚びてるみたいで嫌だったんですよ。だから、「男性と同じようにバリバリ働けます!」って振舞ってました。
—わかります。
だけど、男並みに戦い続けようとすることって、すごく疲れるんですよね。それに、女であることを押し殺してまで男並みにがんばることって、けっきょく男性優位の働き方に加担してしまうことになるって気づいたんです。
「あぁ、男に媚びてたのは私の方だったんだ」って。
だから今は、働くママが自分らしくいられるように、男性社会が求める女性像を演じなくても良いんだって思える人が増えるといいなって思います。
—演じるのではなく、自分らしく…
無理して男並みに働き続けられる女性しか企業社会で生き残れないんじゃなくって、女性であること、母であることも含めて自分のことを受け入れられる、その上で働き続けられるような環境を作っていきたいです。
企業で働き続けるママはまだまだマイノリティであるけれど、育児を経験したからこそ見えてくること、活かせる視点も必ずあります。
男性対女性とか、ワーママだけがどう、ということではなく、多様性を当たり前に認めて活かし合える社会づくりに貢献していけたらと思っています。
—働くママも含めて、多様な人々が自分らしく働ける社会。ぜひ実現していきたいですね。ありがとうございました!
(注1) 国立社会保障・人口問題研究所の「第14回出生動向基本調査」では、2005〜2009年に出産した夫婦への調査で、妊娠時に就業していた女性のうち、出産後(子どもが1歳時点)に就業を継続していた割合は、38.0%に留まるという調査結果が出ています。
(注2)労働基準法や男女雇用機会均等法、育児・介護休業法などの改正が相次ぎ、制度的にも「育休」が定着した2000年代以降に就職・出産した世代を、中野さんは「育休世代」と著書のなかで定義しています。
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