元銀行員のラッパーが「月イチリリース」で音楽を配信し続ける理由

背中を押す協力者がいることの大切さ

――1曲を作るにあたり、どれくらいの時間を費やすんですか?

関係者との打ち合わせから数えると、最低でも1カ月はかかります。アルバム制作をするときなどは複数の楽曲を並行して進め、月に2〜3回レコーディングを実施する時期もありました。

――めちゃくちゃ忙しいじゃないですか!

大変ですよ! それに「マイク1本で食べよう」と決めて本格的に活動を始めた当初は、「早いペースで出すことは悪だ!」と考えていて。そのころの3〜4カ月に1曲リリースするかしないか、という「ダラダラ進行」をやめ、月イチリリースのペースを習慣づけるのは大変でした。

――なぜ早いペースで出すことが嫌だったんですか?

リリースから楽曲が浸透するまでの時間はしっかり設けるべきだと思っていたし、時間をかければかけるほど、良い曲に仕上がると考えていました。

ただぼくの場合、変に完璧主義なんですよ。細かいところまで気にしすぎて、いつまで経っても完成しない。TuneCore Japanの方にケツを叩いてもらい、目が覚めました(笑)。

――しかし、自分一人で取り組んでいると「納得するまで作り続けたい」という衝動を抑えられないこともあるのでは。どう折り合いをつけているんですか?

ぼくは幸いにも、周りの力に助けてもらっています。特にプロのトラックメイカーにプロデュースをお願いするようになったことは大きかったです。

まず彼らは音楽制作のプロフェッショナルだからこそ、ぼくがトラックを作るよりももっとスピーディに、かっこいい曲を仕上げてくれるんです。

「今からスタジオでトラックを作るから、数時間以内にラップパートを考えて」なんて言われることもあります。そのスピード感に追いつこうとし、自然と「歌詞が頭に浮かんでこない状態でも、とにかく手を動かす」という癖が身につくようになりました。

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インディペンデントで活動する苦しさを凌駕する「熱量」

――楽曲制作に携わるプロデューサーには、どういった条件でお仕事を依頼するんですか?

相手によってまちまちです。1曲あたりいくら、と固定の金額をお支払いすることもありますし、配信で獲得した収益を分配するケースもあります。

ちなみに制作にはプロデューサーだけではなく、ビートのバランスを調整するミックスエンジニアや、音質の仕上げを行うマスタリングエンジニア、ミュージックビデオを撮影する映像ディレクターなど、多くの人が関わっています。それぞれの条件に応じ、ギャランティをお支払いしていますね。

――では1曲制作するたびに、相当な出費があるのでは……?

決して小さくはない額が財布から消えます(笑)。インディペンデントであるぶん予算は限られているので、苦しいときもあります。

ただ、そこで出し惜しみはすべきじゃないと思っていますし、正直そこまで金額のことは考えていません。良い曲がリリースできれば、巻き返して黒字になることも、経験上分かっていますから。

それにプロにお願いすることのメリットは「短いスパンで良い曲が作れる」だけではありません。自分が予想しなかった楽曲が生まれることもあるから面白い。

自分一人でトラック作りからレコーディングまでやってしまうほうが正直楽だとは思います。でも、それだとどうしても「自分の実力以上の曲」が生まれにくいんですよね。

渡されたトラックを聴いて「どう調理しようか」と悩みながら、音楽をインプット・アウトプットし続ける。一人だけの活動では得られない経験を積めていると感じます。

――SKRYUさんのお話を伺っていると、一人で黙々と楽曲作りに向き合うのではなく、協力者を増やすことが、コンスタントに音楽活動を続ける秘訣であるように思いました。

ぼくの場合、「誰かに迷惑がかかるかも」と思った瞬間、背筋が伸びますね。もはや「マイペースに活動したい」「自分が良いと思う曲しか作りたくない」なんて言ってもいられません(笑)。関係者が多いことで生じるプレッシャーを感じながら活動しています。

――1人で活動することによる苦難も、少なからず乗り越えてきたと思います。音楽が嫌になったことはありますか?

それこそ活動を始めたてのころですね。当初はダラダラ進行だった、って言ったじゃないですか。「浸透するまでの時間が……」とか「時間をかけるほど良い」とか言い訳をしておきながら、実は曲が作れないスランプに陥っていました。

銀行で仕事をしていたときよりも時間に余裕が生まれたはずなのに、なぜか筆が進まない。「これじゃあ辞めた意味がない」と、焦って空回りする時期は長かったです。

ただ「月イチリリース」が習慣になった途端、スランプを脱せました。周りでサポートし「早く書け!」と背中を押してくれる存在がいたおかげですよね。

スランプに陥っていたころ一瞬は「嫌になった」とはいえ、ラップに対する熱量は大学時代、銀行員時代から変わっていないと思います。当時からずっと「ラップしたくてしょうがない」んですよ。はたらいているときも、頭の片隅では歌詞のことを考えていました。

そのラップに対する自分自身の熱量に加え、今はぼくの曲を待ってくださっている人がたくさんいる。ファンの前では良い顔をしたいし、かっこいいSKRYUでありたい。結論、サポートしてくれる人が多いからこそ、今の自分があるのだと思います。

(文:高木望 写真:宮本七生)