誰もが知る大手物流会社、日本通運。引越し業界で相次ぐ価格競争の中、その老舗ならではのプロのサービスが、SNSで改めて注目されています。
ことの発端は、同社の引越しユーザーが「安いうえに仕事が丁寧」と賞賛したことでした。その投稿には8.6万件以上の「いいね」がつき、それに共感する投稿にも6万件以上の「いいね」がつく大規模なバズとなりました。
これだけのポジティブな反響が集まる背景には、日本通運のどのような企業努力があるのでしょうか。中でも「スタッフの対応の良さ」に評価が集まっていることから、同社でスタッフ教育を担当する、国内引越部 次長の酒井康介さんと、係長の藤田香澄さんに教育の裏側を深掘りしました。
国内引越しの受注が約2.5倍に
——Xで御社の引越しサービスが脚光を浴びています。
酒井:国内引越しのご依頼が急に2.5倍ほどに増えて、「何かあったのかな?」と確認したところバズっていると知りました。それから1週間以上、公式サイトのPV数も2倍以上でしたね。バズるというのはこんなにも売上や、お客さまの興味関心に影響するのだと実感しました。
——「一件あたりの引越しにたくさんの人員を配置してもらえる」との声が多いですが、本当なのでしょうか。
酒井:当社ではシステム上、家財量や作業内容、建物の条件などのデータを基に、そのお客さまに最適な作業人数が割り出されます。それも、引越しが終わった後のお客さまの作業時間も考慮した上で、「このぐらいの時間には終わるべきだ」という時間と、そのために必要な作業人数が独自のシステムで分かるので、どの従業員が見積もりをしても、全国的に一定数の人員が算出されるようになっています。
酒井:人員を減らしてコストを下げるのは簡単ですが、ギリギリの人数で作業をするとなるとそれだけ時間がかかりますし、家財の扱いが雑になる可能性もあります。そのため、価格競争の中でも、我々は独自の「適切な人員はこれだ」というベースを守っています。それでお客さまに選んでいただけない場合は致しかたない、と考えているのです。
藤田:そのため、他社よりも意識的に作業人数を増やしているというよりは、それがお客さまにとって最適だからそうしている、というほうが近いですね。
——酒井さんと藤田さんは、日本通運のスタッフ教育にどのように携わっているのですか。
藤田:私はもともと支店で引越しプランナーをしていたのですが、2017年から本社に所属しています。お客さまからのアンケートを集計し、品質向上のために必要な改善ポイントを洗い出しています。洗い出した改善ポイントを補完していくためには、どのような教育が必要か考え、カリキュラム作成・教育実施運営を行っています。
酒井:2007年から2010年の4年間、本社で引越業務の教育担当者として教育の刷新とマニュアルの整備を担当していました。2019年から再び引越業務教育に携わり、オンライン研修の強化や動画での教材制作などを実施し、OJTがどの現場でも受講可能な体制を整備しています。
——具体的には、どんな教育を行っているのでしょう。
藤田:当社ではスタッフに、個々のスキルに応じた3段階のレベルを設けています。まず、全国に約30名いるプロ中のプロ「本社指導教官」。その次に、OJT(実務訓練)ができるスキルをもつ「引越作業指導員」。そして「引越作業スタッフ」です。引越し作業スタッフはもちろん、本社指導教官と引越作業指導員も、現場で作業を担当することがあります。
酒井:引越し作業スタッフの仕事内容は、家財の持ち運びや、お部屋の壁や床に傷がつかないよう保護する養生(ようじょう)、家財の梱包、トラックへの積み下ろし、そしてトラックでの配送が基本です。
藤田:輸送時の衝撃に耐えうる梱包の仕方や、家財が荷台の中で動かないよう配置・固定する「積み付け」という技術も必要です。これらは基本的に、引越し作業指導員がOJTで指導します。そのほか、お客さま宅でのマナーや接客の基本スキルは、一年に一度、本社の研修機関で教育の機会を設けていますね。
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「NPS」の活用でお客さま満足度が上昇
——年に一度の研修以外に、スタッフのモチベーションを高める機会はあるのでしょうか。
藤田:当社では、引越しをご利用いただいたお客さまに後日アンケートをお送りしています。年間何万通といただくアンケート回答を私が取りまとめているのですが、それを毎回、全国の支店に共有しています。また、アンケート回答の中には、「スタッフの◯◯さんが、妊娠中の自分を気遣って椅子を最後まで残しておいてくれた」といった名指しでのお褒めの言葉も多数あります。
研修などでスタッフと接していると、そうした自分宛のお褒めの言葉が、彼らの中に蓄積されて、モチベーションの源となっているのではないか?と感じますね。「△△という声をもらってうれしかった」という声が、スタッフからよく上がります。
酒井:私も過去に現場を担当していたためよく分かりますが、「褒めていただけたからまた頑張ろう」「次も役に立とう」と思えるんですよね。
藤田:一方2018年までは、引越し後、お客さまにアンケートはがきをお送りしていました。ただ、わざわざポストへ投函するという流れはお客さまにとって煩わしいのでは?と考え、アンケートのDX化を検討しました。そこで、「せっかく変えるのであれば、アンケートの内容も一新しよう」と考えたのです。
——どのように一新したのですか。
藤田:2019年6月から、「NPS(ネット・プロモーター・スコア)」を活用し始めました。
これは世界中の企業で用いられている顧客満足度の指標(数値)で、数値が高いほど、多くのお客さまが自社に愛着を抱いてくれていると分かります。
日本通運のNPSの数値の推移。「あなたはこの商品やサービスを親しい友人・知人に、どの程度おすすめしたいと思いますか?」という趣旨のアンケートに対し、顧客に1から10の点数をつけてもらう。0〜6点をつけた人が「批判者」、7〜8点が「中立者」、9〜10点が「推奨者」となり、「推奨者の割合−批判者の割合=NPS」。2018年の時点で、日本企業の導入割合は約10%だった
——NPSを用いたアンケートは、従来のハガキのアンケートとどう異なるのでしょうか。
藤田:従来のアンケートは、「当社の定めたマニュアル通りに作業ができていたかどうか?」といった内向きな視点の内容でした。それがNPSを活用すると、「お客さまの視点ではどう感じたか?」という、お客さまの目線を基準とした質問が中心になります。
実は、NPSに取り組み始めてすぐは、数値があまり高くありませんでした。しかしそれを、自分たちのスタート地点と考えるようにしたのです。
——NPSの数値を上げるために、具体的にどのような取り組みをされましたか。
酒井:半年に一度、本社スタッフと各支店でミーティングを行い、NPSが一定の基準に満たなかった項目を重点的に改善していくようにしました。たとえば、NPSの数値で「お客さまへの説明が不足している」と判断した支店は、電話受付スタッフに、電話を切る前に「何かご不明な点はございませんか?」と確認するよう徹底してもらう、などですね。
さらに月に一度、「支店ごとの数値」と「全支店の平均値」を項目ごとに割り出し、基準に満たなかった項目が改善されたか?の確認を各支店で行います。半年後、もう一度NPSを割り出し、改善されていれば月に一度の確認は終了。改善されていなければ継続する……というサイクルを、5年間繰り返してきました。
藤田:5年が経過した今、時期によって上がり下がりはあるものの、全体の傾向として数値が上昇し続けているんです。私や酒井さん、各支店がそれぞれ「自分たちの取り組みに効果があったのか?」を数値で追い求められるようになったのは、一番のメリットだと感じています。
NPSの存在が全支店に浸透するまでには時間がかかりましたが、研修や会議の場で都度伝えてきた結果、今では大半のスタッフが認知してくれています。毎月の集計時には、酒井さんと2人で「今月何ポイント上がりました!」「今月は何ポイント下がりました」と一喜一憂しています(笑)。