京大卒から27歳で脱サラ後、空前の「南インド料理ブーム」巻き起こした理由。

野菜と塩だけでなぜおいしい?南インドで感じた衝撃

自身のカレーが南インド風と評価されたことで興味が湧いたイナダさんは、南インド料理の名店として知られる都内の老舗「ダバインディア」を訪ねました。そこで本格的な南インドカレーやミールス(野菜メインの副菜、複数のカレー、長粒米を一皿に盛った定食)を知り、虜になります。

「知らない味がどんどん出てくるんですよ。最初は何がおいしいのかよく分からないんだけど、背景の文化を知ってそれを何度か食べると、ある時突然、ストンと腑に落ちて目覚めるんです。真のおいしさを発見したようで楽しかったですね」

まだ南インド料理店が少なかった当時、「ダバインディア」に通いながらほかの店にも足を伸ばしました。それでますます興味が募り、洋書のレシピを購入して研究を重ねることに。それでも飽き足らず、ついには南インドへ旅立ちました。フードサイコパスにとって、そこは魅惑のワンダーランドでした。

「特に驚いたのは、ベジ(野菜)料理ですね。和食だったら出汁や醤油、味噌などの調味料で味付けするし、イタリアンやフレンチだったら、肉やシーフードと組み合わせる。でも南インドでは塩だけで成立させてしまう。これがもうショッキングでした。野菜と塩だけでなんでおいしくなるのか、さっぱり分からない。おいしくなるはずがないと思っていました。でも、彼らと同じやり方をすると、おいしくなる。これは和食、中華、洋食にもない技術なんです」

インドで現地のレシピ本を大量購入して帰国。この時、エリックカレーのレシピは完成していたため、「個人的な趣味」の研究でした。

イナダさんはどこに出す当てもない南インド料理をひたすらつくり続けます。そして、このレシピが後に活かされることになるのです。

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リスペクトされる店をつくるために必要なこと

イナダさんは、南インド料理に夢中になりながら、エリックカレーの経営に頭を悩ませていました。川崎にお店を出店したのち、西新橋と岐阜市に出した店舗が「大コケ」してしまったのです。川崎店が成功したのは、人口がそこそこいるのに競合が少ないオフィスビルという特殊な立地が大きな要因でした。それが分かっていなかったため、立地で失敗してしまったのです。さらに飲食店を経営するうえでもっと根本的な要因もありました。

「西新橋と岐阜の店は、安くておいしい店としてお客さまにかわいがられてはいました。でも、少なくとも『この店すげえ!』という味へのリスペクトは感じなかったんですよ。私は好きな店を、本当にリスペクトしています。ということは、飲食業で生き残っていくために自分たちの店もお客さまにリスペクトしてもらわないといけないんです」

東京駅と直結する八重洲地下街の開発を手掛けるデベロッパーから「エリックカレーのような店を出さないか?」とオファーが来たのは、西新橋と岐阜での敗因を分析し終えたころ。イナダさんは考えました。

「次の店は、リスペクトを集めたい。そのためには、本場の味を出す以外にない」

西新橋や岐阜で出した「安くておいしい店」では、同じ失敗を繰り返してしまいます。そこで、エリックカレーで出している濃厚なインドカレーとともに、本格的な南インドカレー、ミールスやビリヤニをメニューに組み込むことにしました。現地のレシピ本を見て独学していたから、すべてのレシピは頭の中にあります。

提供メニューを知ったほかの社員から「なんでわざわざそんなことするんですか?」「普通のカレーを出せばいいじゃないですか」と異論が出たそう。しかし、イナダさんは意に介しませんでした。

2011年9月、日本人の好みに媚びない、南インドの味を再現した料理が並ぶ「エリックサウス」をオープン。店舗名にも「南」への思いを込めました。


エリックサウスのミールス