ライター歴20年目で、無理だと思っていた「作家」を目指した理由。佐藤友美が語る。

自分の言葉で自分を縛っていた

さとゆみさんは書籍のライティング、Webメディアのインタビュー原稿を手がけるだけでなく、ライティング講座の講師も務め、人気ライターの道を進みます。順風満帆なキャリアにも見えますが、自分の可能性にフタをしていた時期もあったといいます。原稿の「面白さ」をより求められるエッセイやコラムに対する苦手意識があったため、自身のnote以外で、仕事としてエッセイを書くことはほとんどありませんでした。

「インタビューをして、取材相手について分かりやすく魅力的に書くことに関しては、キャリアを積み、自信をつけていきました。でも、エッセイやコラムで自分の意見を書くことに対しては大きな抵抗があったんです。私などが作家になってはいけないと。メンタルブロックがありました」

メンタルブロックが外れたのは、コロナ禍直前の2020年1月。所属するコミュニティでの読書会がきっかけでした。

読書会は2015年から開催されており、当時さとゆみさんは毎月通っていたのだとか。その回の課題図書は、ブレイディみかこさんのエッセイ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社、2019年)。さとゆみさんは本書だけでなく、ブレイディさんの過去の著書『アナキズム・イン・ザ・UK——壊れた英国とパンク保育士奮闘記』(Pヴァイン、2013年)も事前に読み込みました。すると、あることに気が付いたのです。

「ブレイディさんの著書を読み比べて、数年間で一気に文章が洗練されていることに驚きました。こんなに文章が劇的にうまくなるんだと」

読書会当日。東京・代官山の会場に集まった本好きの参加者二十数人が、一人ずつ書籍を読んだ感想を話していきます。ついに順番が回ってきました。さとゆみさんが思いを語ります。

「一生懸命練習すれば、ブレイディさんのような面白い文章が書けるようになるかもしれない。私も頑張って10年以内にはエッセイを書けるようになりたいです」

仲間たちから返ってきた反応は、さとゆみさんにとって驚くべきものでした。ある女性からは「ブレイディさんの本を読んで最初に思い出したのが、さとゆみさんのエッセイでした。私はさとゆみさんの文章が好きなので、もっと書いてほしいです」と言われたそうです。その方は当時さとゆみさんがnoteに投稿していた、小学生の息子との日々をつづるエッセイの読者でした。

ある男性には「10年もかからないんじゃない?今のさとゆみの文章も充分面白いと思うよ」と背中を押されました。読書家の仲間たちの言葉に励まされ、さとゆみさんはどこか吹っ切れた気持ちになったといいます。

「自分自身の言葉に縛られていたことに気が付いたんです。私はライティング講師として『才能がなくても、ライターは食べていけるよ』と教えてきましたし、自分に対して『文章力はそこそこだけど売れているライター』とキャッチフレーズを付けていました。その言葉がこのまま分かりやすい文章を追い求めればいいのだと、自分の可能性を狭めていたのだと思います。

でも、分かりやすいだけで終わりたくない自分がいることを知ってしまった。読書会で『ああ、書きたいかも』と思ったんです。面白い文章が書けなくても食べていけると強がっていたけれど、心底では自分の頭の中を面白く書きたかったのだなと」

自身の可能性を解放したさとゆみさんは、メディアからのオファーを受けたり、自ら営業をしたりして、エッセイやコラムの仕事に積極的に挑戦するようになります。コロナ禍に入り取材の仕事が相次いでキャンセルになったこともあり、ドラマ評や子育てエッセイなど数々の連載を持つようになりました。

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「バカなの?」と自分に腹が立つ

メンタルブロックが外れ、新しい仕事に挑戦するようになったさとゆみさんですが、2022年3月、試練が訪れます。

Webメディア・kufura(クフラ)での連載「ママはキミと一緒にオトナになる」(のちに同タイトルで書籍化)で、ロシアに関する原稿を書いたときのことでした。当時はロシアがウクライナに軍事侵攻し、戦争が始まった直後。世界中がロシアに対して強い反感を抱き、日本でもロシア料理店の窓ガラスが割られたり、在住ロシア人が白い目で見られたりといった被害が報道されるようになっていました。

さとゆみさんは、モルドバの料理店で出会ったロシア人のエピソードをエッセイに書きました。しかし、納得する原稿にはならなかったそうです。

「ロシア人の方からは本当にいいお話を聞かせてもらいました。日本中のロシア人に対する空気感を一気に変えるような文章を書けると思ったんです。でもうまく書けなかった。

原稿が公開された後、私は一日中布団をかぶって泣いていました。こんな大事な話を預かったときに書けないって、なんのために書く仕事をしているんだよと。20年もライターやっていて、これが書けないってバカなの?と自分にめちゃくちゃ腹が立ちました」

思いどおりの原稿が書けなかった悔しさから、「ちゃんと書ける人になろう」と決意し、文章力を鍛える講座を受講し始めたそうです。さとゆみさんはより高みを求め、努力を続けています。