もろく扱いの難しい高温超伝導線材超による超伝導接合を実現させ年単位の安定的な永久電流維持に初めて成功した / Credit:depositphotos
非常に低い温度まで冷やしたとき、物質は電気抵抗がゼロになる超電導現象を起こします。
このとき回路を閉じることができれば、そこには外部からの電流供給なしで永遠に電気が流れ続ける「永久電流」を作り出すことができます。
ただ、永久電流は理論上は可能だとしても、実際はスイッチなどの接合部分まで超電導状態を維持しなければならないため、実現は非常に困難な技術です。
しかし、理化学研究所ら研究チームは2018年にこれを実現し、さらにそれから約2年間永久電流を安定的に維持し続けることに世界で初めて成功しています。
これまで数日間の永久電流保持の報告はありましたが、年単位でこれを実現させ、観察した研究はこれが初めてです。
この成果は、超伝導理論や技術に関する科学雑誌『Superconductor Science and Technology』に2021年9月17日付で掲載されています。
目次
永久に電流が流れ続ける意味理論上300万年間電流が流れ続ける回路
永久に電流が流れ続ける意味
超低温まで冷やしたとき物質の電気抵抗はゼロになり磁力線が遮断される / Credit:canva
非常に低温の状態で電気抵抗がゼロになる超電導については、聞いたことのある人が多いでしょう。
ただ、電気工学を学んでいない人にとっては、それがなんなんだ? と思う人もいるかもしれません。
送電線でも家電の中の回路でも、通常あらゆる物質は電気抵抗というものを持っています。
そのため電気は流れ続ける限り少しずつエネルギーを失っていき、最終的には何の仕事をしていなくても電流はなくなってしまいます。
しかし、逆に言えばもし電気抵抗がゼロの物質で閉じた回路を作ることができれば、そこには永久に電流を流し続けることができるのです。
流れ続けるだけで何の仕事もしない電気に何の意味があるんだ、と思う人もいるかもしれません。
けれど、電気はただ流れているだけでも重要な役割を果たします。
それが磁場の発生です。
超電導状態のコイルを流れ続ける永久電流は、強力な磁場を発生させ続けることができ、核磁気共鳴(NMR)装置はこれを利用しています。
NMR装置の構造。日本電子株式会社は今回の研究グループにも参加している企業。 / Credit:日本電子株式会社
NMR装置とは、磁場中に置かれた原子核との共鳴現象で物質の構造を解析する装置のことです。
物質はすべて原子でできていますが、その中身は電子と原子核です。
原子核は非常に小さな磁石として見ることができ、それは決まった周波数の磁場と共鳴をおこします。これを電気的に測定することで物質の構造を調べることができるのです。
最近アルツハイマー病の発症に肝臓で作られたアミロイドβペプチドが関連しているという研究が発表されましたが、アミロイドβペプチドなどの構造を微量試料から解析するには、超高磁場のNMR装置が必要になります。
こうした医療の現場でも役立つ次世代超高磁場NMR装置の開発に、永久電流という現象は活躍が期待されているのです。
ただ、理屈としては理解できる話でも、実際高い磁場を発生させる超伝導にはいろいろと困難な課題があったのです。
特に永久電流を生み出すためには、コイル部分だけでなく、回路を閉じるためのスイッチ部分も超伝導状態にしなくてはなりません。
この超電導接合技術は、高磁場の超電導では特に技術的困難が多くあったのです。
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理論上300万年間電流が流れ続ける回路
超電導という現象はそれを引き起こせる温度によって、いくつかの区切りがつけられています。
液体ヘリウムの温度(マイナス269℃)で超電導状態になるものを「低温超電導」。
液体窒素の温度(マイナス196℃)で超電導状態になるものは「高温超伝導」と呼びます。
こうした研究の中で、高温超伝導線材を使って、液体ヘリウムの温度まで冷やす(低温超電導を起こす)と、低温超電導線材を使った場合より、はるかに高い磁場を発生させるとわかりました。
そこで次世代兆候磁場NMR装置の実現のために、これを利用しようという動きが出ていますが、高温超伝導線材はもろくて取り扱いが難しいため、これで永久電流の閉回路を作るための超伝導接合を実現することが技術的に困難だったのです。
今回の研究グループは、そんな困難な問題を解決させ、2018年に高温超伝導接合を実装したMNR装置の開発に世界で初めて成功しました。
このとき装置を2日間安定させて観測を行い、理論上コイルを冷やし続ければ、外部電源無しで10万年間も電流を流し続けられる、ということを示したのです。
これだけでもすごい成果ですが、実際に長期運用できるかどうかは、この時点ではまだ明らかではありませんでした。
そこで、研究グループは、その後、実際に約2年間、この装置の永久電流運転を実施し、高温超伝導接合が長期間に渡って安定的な永久電流を維持できることを実証したのです。
高温超電導接合を実装した NMR 装置(左)と 2 年間の永久電流運転における磁場の変化(右) / Credit:科学技術振興機構,電気抵抗のない高温超電導接合で
2018年当時の測定では、1時間あたりの磁場の変化率は10億分の1というレベルでした。
しかし、これは時間とともに減少し、なんと2年目の測定では、1時間あたりの磁場の変化率は300億分の1になっていたのです。
これは電流を供給しなくても300万年も磁場を発生し続けることができることを意味しています。
これまで高温超伝導接合を実装したNMR装置では、数時間の永久電流運転の例しか報告されていません。
今回の成果は、年単位で永久電流の保持に成功した世界で最初の報告なのです。
永久電流が300万年というのは、なんともSF的なロマンを感じる研究です。
※この記事は2021年9月に公開したものを再掲載しています。
参考文献
電気抵抗のない高温超電導接合で2年間の永久電流運転に世界で初めて成功
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20210924/index.html
元論文
Development of a persistent-mode NMR magnet with superconducting joints between high-temperature superconductors
https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1361-6668/ac2120
ライター
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。
編集者
やまがしゅんいち: 高等学校での理科教員を経て、現職に就く。ナゾロジーにて「身近な科学」をテーマにディレクションを行っています。アニメ・ゲームなどのインドア系と、登山・サイクリングなどのアウトドア系の趣味を両方嗜むお天気屋。乗り物やワクワクするガジェットも大好き。専門は化学。将来の夢はマッドサイエンティスト……?