「セキさん!」
活気に溢れ、雰囲気の良さが広がる、福島ユナイテッドFCの練習場、十六沼公園天然芝グラウンドには、選手たちの明るい声が響いていた。
名前を呼ばれていたのは、練習後のピッチで選手たちとともにボールを集めていた関塚隆テクニカルダイレクターだ。鹿島で指導者としての素地を築き、初監督を務めた川崎で見事な成績を収め、ロンドン五輪ではU-23日本代表を率いて4位。磐田や千葉でも監督を歴任し、日本代表のナショナルチームダイレクターも務めた人物である。
それでも63歳となり、自分の子どもよりも歳の離れた選手たちから「セキさん」と親しみを込めて話しかけられているのは、人望の表われで、選手たちと良い関係性を築けているからこそなのだろう。
J3を戦う福島のテクニカルダイレクターに就任したのは、昨年の7月。2020年12月に日本代表のナショナルチームダイレクターの職を離れてからは、解説者や神奈川県社会人リーグ1部のイトゥアーノFC横浜のテクニカルアドバイザーを務めてきたが、還暦を超えても、新たな挑戦に踏み出した背景にはどういった想いがあったのか。
「去年の一連の流れを振り返ると、僕は7月からこのチームに来させてもらいましたが、当時、チームは苦戦していて、監督を務めていた服部(年宏/現・今治監督)が、途中退任という残念な結果になった。服部にはサッカー協会にいる時に強化委員や技術委員で色々、力を貸してもらっていた面があったので、残念なところではあったんです。
また時系列で話すと、その前にロンドン・オリンピックの際に一緒に仕事をしていた辻上(裕章/2022年2月に福島の副社長に就任)が、クラブにいた背景もあり、鈴木(勇人)社長(2011に就任)とも食事に行かせていただく機会があったんです。J3も(2023年からJFLへの)降格がレギュレーションとして設けられ、一度J3に上がったら安泰という状況でもなくなった。
そこで今後のことや、ユナイテッドの方向性を鈴木社長と話させてもらっていました。それで、服部監督から監督初挑戦の依田(光正)監督に代わるタイミングで、現場のオーガナイズは玉手(淳一強化部長)ひとりでやっていたので、そこをサポートする意味でも、実際にクラブに入らせてもらいました。そこから、去年は依田監督の下でグッと連勝もできて、今年につなげられた形ですね。
それに協会で活動をさせてもらっていた際、『普及(グラスルーツ)』『ユース育成』『代表強化』『指導者養成』の四位一体を意識していたなかで、自分が関わったことのなかったカテゴリーは社会人とJ3で、社会人はイトゥアーノFC横浜で経験させてもらい、じゃあJ3の環境ってどんなものかと、実感してみたいという部分もありました」
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そのうえで、元々、福島とのつながりもあったのだという。
「それこそ早稲田の監督を終え、93年にJリーグがスタートする時に、鹿島のコーチを務めましたが、トップチームはイタリア遠征に行って、僕が監督を担ったサテライトは、福島県の鏡石がキャンプ地として招致してくれたんです。そこでひとつ目の縁がありました。
もうひとつは川崎で監督をやらせてもらった際、2004年にJ2で優勝して昇格し、2005年にスポンサーについてくれたのがJA全農福島さん(現在の福島のオフィシャルクラブパートナー)で『ふくしまの米』に我々は本当に助けられ、サポートしていただいたんです。J2時代は5000~7000人だった集客が、J1に上がって1万人台に増えるなどしていた当時、スポンサーになってくれ、背中を押してもらったのは、強く印象に残っていますね。
あとは協会にいた時のJヴィレッジの全面再開も記憶に残っています。あの震災の後、原発事故収束の対応拠点になったJヴィレッジは、サッカー施設を一度、すべてクローズしていましたが、2019年に全面再開を迎えられ、田島(幸三)会長(当時)、僕、森保(一)監督とで参加させてもらったセレモニーは感慨深いものがありました。
そういう意味でも、福島は色々と縁を感じる場所ではあったんですよね」
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そんな縁のある福島での仕事は、地域ならではの形でスタートした。
「来ていきなり桃の収穫に一緒に行ったんですよ。それで農家の方に『できるだけ高いところから取って!』と教えてもらい、60過ぎの僕が木の一番高いところに登って収穫するという(笑)。でもそれで皮をむいて食べてみたら、これがめちゃくちゃ美味しい! その時は樋口寛規(FW)らと一緒に行って、色々教えてもらいましたね」
福島では、地域貢献のために選手が地元の農家に出向いて農作業を手伝う「農業部」という取り組みを行なっており、りんご、桃、ぶどう、米などを育てて収穫。その農作物はクラブが買い取り、試合会場やオンラインショップで販売し、農家をサポートするとともに、クラブ経営にも活かしているという。
練習後の農作業は選手たちにとっては負担になる場面もあるかもしれず、もしかしたら「そんなことをやっているから勝てないのではないか」と揶揄する声も聞こえてくるのかもしれないが、これこそ、福島が貫く地域密着と言えるだろう。
自分たちが福島を元気に、活気づけないでどうするんだ。そんな決意が聞こえてきそうな活動を、関塚氏もポジティブに捉える。
「年間で全国の皆さんに提供できるような形になっているし、この活動こそクラブのひとつの良さ、形ですよね。
活動は改めて全員でやってほしいですし、今シーズンも鈴木社長に農業部の大切さを話してもらいました。だからみんな積極的にやってくれていますよ。そういう面も含めてチームの雰囲気が良いですよね。そこは本当に嬉しい。
当然、プロですから結果が求められますよ。でも今の時代、関わる人、みんなに楽しんでもらうと言いますか、話題にしてもらえるようなクラブにならないといけないとも思うので、そこはより目指したい。選手の顔もひとりでも多くの人に知ってもらいたいですから。
結果を出せば多くの人が関心持ってくれるのか、何が正解なのか分からない部分もありますが、やっぱり地域の方との触れ合いは大事で、そこは僕だけの力じゃどうにもならない部分がある。だからこそ、それぞれの持ち場で個々が高い意識を持って、結果も残せるような環境をできるだけ作っていきたいですね」
もっとも、サッカークラブとして、プレーのパフォーマンス向上を目指すのも当たり前のことだ。
「フットボールの基準はやっぱり高めていかなくちゃいけない。今年はそこをもう一回上げていくというところも、去年を経て、テーマになっていますよね」
その面でかつて川崎で関塚氏が指導をした寺田周平監督を今季は招聘。プロチームを率いるのは初となる教え子に白羽の矢を立てた背景はどういうものだったのか。
第2回に続く
■プロフィール
関塚 隆 せきづか・たかし/1960年10月26日、千葉県生まれ。現役時代は本田技研でFWとしてプレーし、引退後は鹿島でのコーチなどを経て、2004年からは川崎を率い、魅力的なサッカーを展開。その後はロンドン五輪代表、千葉、磐田でも監督を務め、昨年7月から福島のテクニカルダイレクターに就任。
取材・文●本田健介(サッカーダイジェスト編集部)
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