少数派に転落しそうな白人の焦燥
アメリカの分断の底流には白人が少数派に転落してしまうのではないか、という白人の側の焦燥感があります。2024年2月、私はテキサス州ダラスを取材しました。テキサスといえば、ロデオや特大ステーキを思い起こす人もいると思いますが、いまや大きく変貌しています。人口の移動と移民の増加が理由です。
もともとテキサス州は保守的な共和党の地盤ですが、都市部ではリベラル派の民主党支持者が増えています。名だたるIT企業が次々に移転してきているからです。というのもテキサス州は州の法人税がないからです。個人の所得税もありません。その他の税金はあるのですが、法人税や所得税をゼロにすることで、他の州からの企業の移転を促進させようとしているのです。
そしてIT企業は、ここに目をつけているのです。IT産業には民主党を支持する大卒のインテリが多く、そのために州内の民主党支持者が増加しているのです。
また中南米からの移民も多く、移民に寛容な民主党を支持する人が多く、結果として民主党支持者が増えているのです。
ちなみに民主党のシンボルカラーがブルー、共和党のシンボルカラーがレッドなので、民主党が強い州をブルーステート、共和党が強い州をレッドステートと呼びます。
もともとレッドステートだったテキサス州は、リベラル派の企業の移転が続いていることで、いまやレッドとブルーの中間色の「パープルステート」と呼ばれるようになっています。
その結果、2020年の大統領選挙では52%対46%の接戦でトランプが勝利しましたが、このままでいくと、いずれテキサス州で共和党と民主党は逆転するかもしれません。
全米全体で見ても、中南米からの移民が増え続けています。彼らの多くはカトリック教徒。避妊は認められないため出生率は高く、アメリカ全体での人口比は増え続けています。
ところでアメリカに流入する移民の実数はどれくらいなのでしょうか。2024年1月、米議会予算局(CBO)は、121万人と推計していた2024年の移民流入数推計を330万人に引き上げました。厳しい移民政策をとったトランプ政権から寛容なバイデン政権に代わり、移民が増え続けていることを示しています。
さらに国勢調査では、全人口に占める移民(海外生まれの米国人)の割合は2022年に約14%と約100年ぶりの水準にまで高まっています。
またテキサス大学の調査によると、共和党員の7割が、合法的移民が多すぎると答え、半数以上が、人種が多様化することを「懸念すべきことだ」と回答しています。さらには約7割の共和党員が「白人が差別されていると感じている」といいます。
アメリカでは、100年前も東欧や南欧からの移民が殺到し、雇用が奪われるとの危機感から移民排斥の動きが広がったことがありました。やがてマイノリティになるかもしれないという白人の焦燥感が結束を強め、批判の矛先が移民に向けられている現実もあるのです。
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『池上彰が見る分断アメリカ 民主主義の危機と内戦の予兆』(ホーム社)
池上彰
2024年8月26日1,100円(税込)192ページISBN: 978-4834253863
アメリカには、南北戦争以来の分断の歴史が存在していた。その分断を表面化させたのが、ドナルド・トランプの出現だった。いま、アメリカの民主主義は存亡の危機に直面している。2024年の大統領選挙でアメリカは何を選択するのか。新たな南北戦争は起こるのか――
大国アメリカが未曽有の混乱の渦中にある。インフレ、経済格差、宗教問題、移民問題など、数々の課題が山積し、さらにロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのパレスチナ攻撃に対するバイデン政権の対応も不安定である。加えて、トランプが残した分断は確実に拡大を続けている。分断進むアメリカの現状と、それが日本や世界に及ぼす影響を、幾度も現地に渡って取材を重ねてきた池上彰が鋭く分析する。
「このままでは、2024年11月の大統領選挙の結果がどうであろうと、アメリカは内戦に陥る危険性を孕んでいるのです。なぜなのか、どうしてなのか、これからどうなるのか。そんな疑問をひとつずつ解き明かしてまいりましょう」(はじめにより)
○第1章 トランプはなぜ当選したか
分断の始まり/反知性主義という分断/グローバル化がアメリカにもたらしたもの/福音派の原点 他
○第2章 第一期トランプ政権は何をしたか
政権運営にあたって/TPPからの離脱/NAFTAも批判/アメリカへの不法移民を生み出す 他
○第3章 トランプの裁判の行方
検察官は選挙によって選ばれる/陪審員による起訴と裁判/四件の起訴内容/機密文書を持ち出した 他
○第4章 分断進むアメリカ
民主党員と共和党員では見ているテレビが異なる/インフレが両陣営の分断招く/移民の受け入れめぐる対立/人工妊娠中絶めぐり対立 他
○第5章 「もしトラ」で何が起きるか
復讐心に燃えるトランプ 国家公務員10万人を追放!?/在韓米軍の撤退とNATOからの離脱/中国政策/イスラエル全面支援と権力の空白 他
○第6章 迫りくる民主主義の危機
新たな南北戦争?/プーチンも望む“トランプ大統領”/同じ轍を踏みたくない日本政府/世界の新たな分断 他