世界独占配信中のNetflixシリーズ「地面師たち」。
映像化困難といわれたクライム・サスペンスの主演を見事に演じきった俳優のお二人と、原作を手掛けた新庄耕さんとの対話が実現しました。
世界独占配信中のNetflixシリーズ「地面師たち」。映像化困難といわれたクライム・サスペンスの主演を見事に演じきった俳優のお二人と、原作を手掛けた新庄耕さんとの対話が実現しました。
原作者も唸(うな)った、映像の迫力や俳優陣の怪演ぶりとは? それぞれの役の難しさや見どころについても、じっくり語っていただきました。
構成/安里和哲 撮影/山本佳代子 ヘアメイク/石邑麻由 (綾野)、山崎聡 (sylph) (豊川) スタイリスト/佐々木悠介 (綾野)、 富田彩人 (WhiteCo) (豊川)
リアリティとケレン味の絶妙なバランス
――『地面師たち』は、実際に起こった巨額の地面師詐欺をテーマにしたエンターテインメント作品です。詐欺の首謀者で冷酷無比なハリソン山中を豊川悦司さんが、ハリソンの右腕である辻本拓海を綾野剛さんが演じられました。原作者の新庄さんは、本作をどうご覧になりましたか。
新庄 率直に言って心が震えました。全七話で六時間ほどあると思うんですが、一本の映画を観るような感じで一気に観てしまった。ほんの数日前に試写を観させていただいたんですが、いまだに余韻に浸っています。
綾野 新庄先生にそうおっしゃっていただけて嬉(うれ)しいです。
新庄 私はもともと純文学畑から出てきた作家でして。『狭小邸宅』という作品で「すばる文学賞」を受賞させていただいたのが二〇一二年。しかしその後は超低空飛行を続けていて、「この先どうしようかな」というタイミングで「小説すばる」の編集者から地面師事件をテーマにして勝負しないかと提案されました。自分にとって初めてのエンタメ作品で、これでダメだったらもう筆を折る覚悟で書いた作品だったので、今回の映像化には感慨深いものがあります。
綾野 純文学を書いてこられたからこそ、エンタメであっても、内包された繊細さや鋭利さがにじみ出ているんですね。
豊川 同感です。原作も読ませていただいて面白いストーリーだなと思いましたし、それをドラマシリーズとして再構築した大根(仁)監督のシナリオも見事だった。撮影に入る前からワクワクしていましたよ。
綾野 大根監督の脚本は、原作が持っているエンジンを搭載したうえで、映像作品としてさらに加速させるための細やかなエピソードや仕掛けが満載でした。
新庄 そうですね。私自身、大根さんの脚本から学ぶところは非常に多かったです。地面師詐欺って画(え)的には非常に地味なんです。契約のシーンはテーブルを囲んで座っているだけですし、作戦会議中もテーブルの資料を見ながら喋(しゃべ)るだけだから。でも大根さんのシナリオは映像的に見栄えする展開が追加されていて、それがことごとくハマっていました。
綾野 いわゆるテーブルトーク芝居はこれまでやり尽くされ、今も尚使われている手法、ジャンルなので新鮮味を出すのが非常に難しいのですが、Netflixシリーズ「地面師たち」は、このジャンルをアップデートさせられたと思います。
新庄 私は東宝のスタジオに作られた、地面師チームのアジト「ハリソンルーム」での撮影を拝見したんですが、土地の情報を集める図面師・竹下役の北村一輝さんが「ルイ・ヴィトン!」と叫んでいるシーンは震えあがりましたよ(笑)。まったく脈絡のない叫びが恐ろしかった。
綾野 精神的に追い詰められた竹下が、ハリソンに詰め寄る場面でしたね。『地面師たち』は欲望に溺れて人が歪(ゆが)んでいくさまを見事に捉えていますが、それを象徴するシーンの一つでした。
新庄 原作にはハリソンルームってなかったのですが、あのアジトが描かれることで映像にケレン味が加わって見応えがありました。
綾野 今作はまさに総合芸術でした。ハリソンルームに限っていうと、毎シーン必ず照明の光量や色味を変えていますし、カメラのレンズの選択もバリエーションがありました。こだわり抜いたスタッフワークに魅せられました。
豊川 本作はリアリティももちろんすごいですが、リアルを追求するだけじゃなくて、絶妙なバランスでケレン味をちりばめている。その遊びがボディブローのように効いて、作品に迫力をもたらしたんじゃないかな。でもこの作品の最大の肝はやはり、お話が面白いことです。だからキャストもスタッフも、この物語をどうイジろうが、つまらないものには絶対なりえないという確信を持って、いろいろな工夫に挑戦できたんじゃないでしょうか。
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編集に切り取られても揺るがない演技
――はじめてのエンタメ小説である『地面師たち』はテーマや物語もそうですが、キャラクター造形も非常に明快で入り込みやすいです。そのあたり、新庄さんは執筆時にどの程度意識されたんでしょうか。
新庄 執筆前の打ち合わせで編集者からは「『オーシャンズ11』みたいな感じですかね」というアイデアが上がったんですが、個人的にそれは腑(ふ)に落ちなかった。たしかにプロの犯罪集団だし、一人ひとり特技に根ざしたキャラを設定する方法もありましたが、そっちよりも人間ドラマを僕は描いてみたかった。そこで主人公である拓海は、根っからの悪党ではなく、光の世界から闇に堕(お)ちていくことにしました。そのほうが読者も感情移入しやすいですしね。
綾野 拓海の闇への導入は、演じるうえでも意識しました。拓海を演じるにあたって、一番重要だったのは「心の経年変化」を体現することです。これは原作から読み取ったことですが、人が生きながらにして滅びるというのは、どういうことなのか。その滅びの過程を、心の経年変化で表したかった。演じているとき、役者は編集でどこを切り取られるのかわからないわけですが、今回はどこを切り取られても、拓海の心の経年変化だけは絶対に表現できるように。それを常に念頭において演じていました。
新庄 拓海の心の経年変化は、見た目の変化でも表していましたよね。
綾野 はい。家族と幸せに暮らしていたときの柔らかな身なりから、すべてを奪われて髪の毛も伸ばし放題になる。そこから地面師になると感情がなくなり白髪が増えている。メガネも重要なアイテムでした。レンズというフィルターを通すことで、世界を見たいように見ることができる。言い換えれば裸眼で現実を見ることができないギリギリの境地に拓海がいることを、メガネでも表現しました。
豊川 拓海は非常に難しい役だったと思います。でも現場での綾野君は役と向き合って、一つ一つのネジを締めていくように細かく細かく調整し、役をものにしていました。他の作品でも共演してきましたが、綾野君はいつもとことん自分を痛めつけている。結果を出すためには、ここまでしなければいけないんだということを体を張って見せてくれる稀有(けう)な存在です。長生きしてほしいんですけどね。
綾野 ありがとうございます。
豊川 ここまで痛めつけているのを見ると心配になりますよ(笑)。
新庄 豊川さんとしては、拓海という役の難しさってどのような点から感じるんですか。
豊川 拓海は自分をおとしいれた悪への復讐を半ば無意識に行っているわけですが、綾野君が演じるとその復讐劇がマスターベーションに終わらず、しっかり観客が共感できるものになるんです。
復讐ってとても個人的なものじゃないですか。自分の苦しみは誰にも理解してもらえない。だったら自分の手で仕返しする。リベンジとはそういう極めて利己的な行動なわけです。だけど、エンターテインメントにおける復讐者は、その利己的な動機を、観客にシンパシーを抱かせながら実行しなくてはならない。その共感の余地をどうやって作っていくかは役者の力量にかかっている。綾野君はそういう微妙なバランスで成り立つ役を的確に演じられる数少ない役者なんですよ。