ようやく政府は27カ月ぶりに実質賃金がプラスになったと自画自賛している。
しかし、夏休みなのに子供をどこにも遊びに連れていけない家庭も多かった。日本は、いつからこんな貧しい国になってしまったのか。その実態を詳細にルポしているのが本書だ。
元凶は1995年の日経連(現・経団連)の「雇用を見直す」との提案にあるという。これにより正社員が減り、非正規労働者が増えた。それにつれて労働組合の組織率が低下し、労働者の声が弱くなったからである。
第1章には特殊詐欺の受け子となった若い女性が登場する。彼女は派遣でマジメに働いてきた。しかし、コロナ禍でたちまち派遣切りにあい、生活に困り「即日、即金」の文句に釣られ闇バイトに行きつく。収入はだまし取った金の5%。しかし逮捕される確率は受け子が一番高い。生活苦から冷静な判断力を失っていた。彼女は「どこで道を間違ったのだろう」と自問する。
若い女性が街娼になっている実態をニュースが取り上げ、話題になっているが、彼女たちも同じ運命なのだろう。非正規労働者は著者に「この国では、普通に働いて普通に生きることが、なんでこんなに大変なんですか」と訴える。この悲痛な声が政府に届いているのだろうか。
第4章にはフードデリバリーの人が登場する。彼らはスマホ代が払えなくなったら、たちまち生活が困窮してしまう。1週間も野宿していた30代の男性は、派遣で働いていたため貯えがなく、仕事がなくなるとネットカフェにも入ることができず、寒さをしのぐため繁華街を夜通し歩き続ける。
フードデリバリーの人たちは、個人請負という業態である。彼らは自営業者で、なんの身分保障もない。事故にあい、ケガをしても補償はない。「会社が人を雇うという責任を放棄している」という働き方なのだ。今、スポットワーカー、ギグワーカーなどというしゃれた言い方でこうした個人請負が拡大しているが、彼らの生活は厳しく、かつ将来展望があるのだろうか。こんな不安定な働き方が蔓延すれば、結婚できるはずもなく少子化はますます進むだろう。
本書には、専門的な職務に就きながら非正規公務員である実態、無期転換の嘆き、そごう・西武百貨店の61年振りのストライキなどが取り上げられているが、著者は彼らが苦境に陥ったことを「自己責任」で片付けられることが我慢ならないと言う。
日本国憲法第25条には「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とあるが、この国の働き方改革は、本書を読む限り、憲法違反ではないかと思わざるを得ない。
江上剛(えがみ・ごう)54年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒。旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)を経て02年に「非情銀行」でデビュー。10年、日本振興銀行の経営破綻に際して代表執行役社長として混乱の収拾にあたる。「翼、ふたたび」など著書多数。