誰もが知っている国民的キャラクター『鉄腕アトム』のアニメ最終回は、アトムが「特攻」するという衝撃的なものでした。なぜアトムは死ななければならなかったのかを考えます。



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最終回の意外なメタフィクション演出

 日本のアニメ史上、もっとも有名な作品のひとつが、手塚治虫先生原作の『鉄腕アトム』でしょう。

 1963年から1966年まで続いたアニメ第1作は、最高視聴率40%を超えるなど大人気を博しました。またアニメ第1作は、日本初の1話30分の連続TVアニメであり、現在に至る日本のTVアニメのフォーマットを作った作品としても知られています。海外での知名度も抜群で、日本のアニメの海外人気を象徴する作品の嚆矢(こうし)だったといえるでしょう。

 21世紀の未来を舞台に、人間らしい感情と10万馬力の力を持つ少年型ロボット「アトム」の活躍を描くという物語で、1話完結の勧善懲悪的なストーリーが多くを占めていました。

最終回「地球最大の冒険」

 1966年の大晦日に放送された最終回「地球最大の冒険」は衝撃的な内容でした。なんとアトムが太陽に「特攻」してしまうからです。壮絶なラストシーンは、多くの人の記憶に残りました。あらためて最終回のストーリーを振り返ってみましょう。

 太陽の黒点に異変が起こって地球の気温がどんどん上昇していき、地球で暮らせなくなった人間たちはロケットで宇宙に避難しました。地球を任されたのはロボットたちによる臨時政府です。

 ところが、人間がいない間に地球を我がものにしようとする「ナポレタン」という男が、ロボットの大統領を破壊してしまいます。大統領が後継者として指名したのはアトムでした。アトムはロボットたちと協力して地球を冷やすための施策を次々と行っていきます(「プルートゥ」も登場します)。しかし、腹を立てたナポレタンがアトムの家族を誘拐し、全裸にした上で濃硫酸のプールの上に吊るしてアトムを脅迫しました。

 アトムはナポレタンの配下(KKKそっくりのロボット)を撃破し、窮地を脱します。ナポレタンは自分を人間だと信じていましたが、アトムとの戦いのなかで自分がロボットだと知って絶望し、アトムに太陽の核融合を抑制する装置を渡して自決しました。

 アトムは政府の代表である責任感から、宇宙船に装置の入ったカプセルを積んで太陽のそばに向かいます。しかし、太陽に向けて放ったカプセルが隕石に衝突して軌道から逸れてしまったため、アトムは宇宙空間に飛び出してカプセルとともに太陽に突入していきました。

 やがて太陽は元に戻り、人類も地球に戻りました。お茶の水博士はアトムが帰還しなかったことを嘆き、アトムの家族は沈む夕日を眺めながらアトムを思うのでした。

アトム(?)から視聴者への挨拶

 最終回はもう少し続きました。この後、アトムを除くメインキャラクターが勢ぞろいし、代表としてお茶の水博士が視聴者に挨拶します。

「みなさん、『鉄腕アトム』はこれでひとまず終わります。4年の間、みなさんと楽しいときを一緒に過ごせて、私ども一同、本当にうれしゅうございました。もしアトムが太陽から戻ってきたら、きっとまたお目にかかれると思います。それまでごきげんよう!」

 面白いのは、劇中でのアトムの不在と番組の終了を重ねているところです。非常にメタフィクショナルな演出だといえるでしょう。

 その後、翌週から始まる新番組『悟空の大冒険』を紹介すると、本当に「悟空」が登場して予告編を流そうとしますが、まだ『鉄腕アトム』の時間だから流せないと知って腹を立て、ヤケクソ気味にアトムに変身し、「さよなら、本当にさよなら!」と視聴者に別れを告げました。視聴者の子供たちは再びアトムに会えてうれしかったでしょうが、実際は悟空が変身したニセのアトムだったということになります。

 最終回の脚本と演出を担当したのは、手塚治虫先生です。



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手塚治虫が嫌っていた『鉄腕アトム』

 国民的な人気者であるアトムの「死」は大きな反響を巻き起こし、TV局には続行を願う投書が殺到したそうです。

 一方、手塚治虫先生自身は、アニメ化された『鉄腕アトム』に不満を抱いていました。人間性を忘れて進歩し続ける科学文明への疑問や警告を意図して原作を描いたのに、アニメは科学文明礼賛の勧善懲悪的なストーリーになっていたからです。原作では悩み、葛藤することの多かったアトムの性格も、品行方正で責任感の強いものに変わっていました。

 最終回のストーリーは、アニメ化されたアトムの性格に沿いながら、原作者自らアトムを葬ったものと解釈することができます。これが、アトムが「特攻」した本当の理由ではないでしょうか。

 その後、手塚治虫先生はアニメ『鉄腕アトム』の後日譚を何作か描きますが、いずれもアトムはほとんど活躍することなく破壊されてしまいました。なかには、太陽に消えたアトムの代わりに作ったアトム二世が「女千人斬り」をした挙げ句、アトムを大量生産して大儲けし、女性を100人も囲っていたところを逮捕される『アトム二世』(1975年)というパロディーマンガ作品まであります。

 この頃、手塚治虫は明らかにアトムを嫌いになっていたように感じます。もしくは、アトムのパブリックイメージを意図的に壊そうとしていたのかもしれません。

リメイク版『鉄腕アトム』の最終回

 手塚治虫の念願だった『鉄腕アトム』のリメイクが実現したのは1980年のことでした。『ブラック・ジャック』(1973年)のヒットでマンガ家として復活を果たし、総指揮を務めた『24時間テレビ』で放送された世界初の2時間アニメ『100万年地球の旅 バンダーブック』(1978年)が成功を収めたため、『鉄腕アトム』のリメイクでもイニシアチブを握ることができたのです。脚本、絵コンテ、演出、原画などで参加し、最終回「アトムの初恋」でも脚本を務めました。

「アトムの初恋」は、実写で手塚治虫が登場し、アトムの足が実は女の子のものだと明かすところから始まります。

 アトムの試作品の設計図から誕生した少女型ロボット「ニョーカ」が登場し、アトムと心を通わせます。しかし、ニョーカの体内には中性子爆弾がセットされていました。グロッタ共和国の「リンドルフ博士」は、中性子爆弾が内蔵されたロボットの量産を企んでいたのです。

 途中、リンドルフ博士に囚われたアトムがロケットに閉じ込められて太陽に突入させられそうになる展開は、第1作の最終回を踏襲しています。第1作のアトムも誰かに「特攻」させられたのではないかと手塚治虫先生は考えていたのかもしれません。ニョーカは宇宙空間までアトムを助けに行き、アトムがリンドルフ博士の野望を阻止しました。

 しかし、リンドルフ博士によってニョーカの中性子爆弾の起爆スイッチが入れられてしまいます。アトムはリンドルフ博士に起動の解除を頼みますが、唯一の手段はニョーカの上半身を解体することでした。アトムと全裸のニョーカは手を握り合い、お互いに好意を告白しますが、ニョーカは足を残して完全にバラバラになってしまいました。アトムはお茶の水博士にニョーカの足を自分の足につけるよう懇願します。

 ラストでアトムは視聴者に向かって足の秘密を告白すると、別れを告げて空高く飛び上がっていきました。軍備に血まなこになる人間の愚かさと、ロボットの心を描いた好編だったと思います。

 なお、手塚治虫先生の死後に制作された『アストロボーイ・鉄腕アトム』(2003年)の最終回「最後の対決」は、アトムと諸悪の根源「天馬博士」との対決と和解を描いたものでした。

 ほかにも『鉄腕アトム』にはさまざまな映像作品があり、それぞれに最終回があります。原作者である手塚治虫先生の思いを踏まえた上で、見比べてみるのも面白いでしょう。