画像情報を物理的に送信せず「テレポート」させることに成功! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

SFの世界にまた1歩近づきました。

南アフリカのウィットウォーターズランド大学(Wits)で行われた研究によって、量子もつれを利用して、物理的には何も送信せずに、ネットワーク上で情報量の多い複雑な画像を転送する方法が初めて示されました。

この革新的な研究は、情報がテレポートされたかのように瞬時に移動する技術の実証であり、将来の量子通信において重要な一歩となります。

しかし、送信者と受信者の間で画像情報が絶対に伝達されないのならば、いったいどうやって情報が届いているのでしょうか?

研究内容の詳細は2023年12月13日に『Nature Communications』にて「非線形検出器による高次元空間情報の量子輸送(Quantum transport of high-dimensional spatial information with a nonlinear detector)」とのタイトルで公開されました。

目次

そもそも「量子もつれ」や「量子テレポーテーション」とは何か?画像情報は傍受不可能なテレポートで転送される

そもそも「量子もつれ」や「量子テレポーテーション」とは何か?


そもそも「量子もつれ」や「量子テレポーテーション」とは何か? / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

通信における長距離の情報伝達は、セキュリティが非常に重要です。

従来の通信方法では、情報を2種類の信号(1と0)で表現し、これを電線や光ファイバーを通じて目的地に送信しています。

しかし、量子力学の原理を通信に導入することで、量子ビットを増やすごとに、使用可能な信号パターンを2種類から増やし、より多くの情報をより高速かつ安全に送ることが可能になります。

その代表的な方法が「量子もつれ」を使用した「量子テレポーテーション」です。

量子テレポーテーションでは、量子もつれの状態にある粒子を用いて、一方の粒子に何らかの操作を行うと、もう一方の粒子に即座に影響が現れるという量子力学の特性を利用します。

ただ、多くの人にとっては言葉だけではイメージしずらいかもしれません。

そのためまずは、原始的な情報伝達法を例に仕組みを考察します。

情報を一瞬で伝える方法として最も原始的なのものは、長い板や棒を使ったものでしょう。

例えば細長い板を使う場合、獲物となる鳥が見えない時に裏、見えるときに表という取り決めをしておけば、監視者(送信者)は鳥があらわれたことを、離れた場所にいるハンター(受信者)に素早く静かに知らせることが可能になります。

この通信方法を少し小難しく考えると、背後には送信者側が表なら受信者側も表という「一方が〇〇ならばもう一方は〇〇」という決まった関係が存在することに気付くでしょう。

量子もつれでは、この「一方が〇〇ならばもう一方は〇〇」という決まった関係を細い長い板の端と端ではなく、2つのもつれ関係にある粒子の間で形成します。


1つの2つがもつれ状態にある2つの光子に分割されます / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

たとえば光を特殊なクリスタルに入れて分割すると、一方が縦揺れでもう一方が横揺れという状態を作る、2つのもつれた粒子を作れます。

ただこのとき縦揺れと横揺れの光が左右どちらに行くかといった情報は観察されるまで宇宙には存在しません。

存在するのは「一方が縦揺れならばもう一方が横揺れ」という関連性のもつれを繋ぐ見えない糸だけです。

この奇妙な現象を、男女の恋人のうち1人が北海道、もう1人は九州に行く場合で考えます。

すると「一方が男であるならば、もう一方が女になる」という決まりだけが見えない糸として存在しており、北海道と九州に存在している人は、観測されるまで性別の情報が宇宙に存在せず、男でも女でもない状態で存在していることになります。

人間を例にとると奇妙さが際立ちますが、日常の常識が通じない量子の世界ではこの理解のほうが正しいのです。

しかしこれはまだ序の口に過ぎません。


観察するまで宇宙に情報が存在しないというと「眉唾」ぽっぽく思えますが、数多くの実験結果がその解釈が正しいことを示しています / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

真に奇妙な現象は、観察を行うと同時に起こり始めます。

観察を行った瞬間、縦揺れでも横揺れでもなかった光に変化が起こり、どちらか(図では縦揺れの光)として生まれ変わります。

そして一方(右)が縦揺れの光に生まれ変わったという情報は、2つの光の間を結ぶ見えない関係性の糸を伝ってもう一方(図では左)に瞬時にテレポートしたかのように転送され、左側の光が横揺れの光として再構成されるのです。

「右側の光が縦揺れならば左側の光が横揺れになる」という結果自体は日常の常識と同じです。

しかし「観測することではじめて情報が出現する」という点、そして一方を観測したという情報が瞬時にテレポートして、もう一方の光の特性を再構築するプロセスは、日常の常識とはかけ離れたものです。

さらに、理論的には、右と左の距離が銀河の端と端であっても、右側で観察したという情報は見えない糸を通って一瞬で左側に伝達され、光の再構築が起こります。

正直言って「信じがたい」「嘘くさい」と思う人もいるでしょう。

(※量子もつれと量子テレポーテーションの仕組みの詳しい仕組みについては以下の記事を参考にして下さい)

しかし人間の直感に反するからと言って、それが嘘であるとは限りません。

量子もつれが発見されてから現在に至るまで無数の実験が行われてきましたが、この直感に反する現象が本当であることを示す結果になりました。

そこで今回、ウィットウォーターズランド大学の研究者たちは、このテレポーテーションの仕組みを使って実際に画像データを転送してみることにしました。

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画像情報は傍受不可能なテレポートで転送される


量子テレポーテーションをつかって顧客の指紋情報を送るプロセス。 / Credit:Bereneice Sephton et al . Quantum transport of high-dimensional spatial information with a nonlinear detector . Nature Communications (2023)

先に述べたように量子もつれでは「一方が縦揺れならばもう一方は横揺れ」というような関係だけが見えない糸で結ばれています。

そして一方の観測されたという情報は見えない糸を伝って瞬時に転送され、もう一方の状態を確定します。

ある意味で量子もつれは、宇宙全体を紐に使った糸電話のような仕組みとも言えるでしょう。

ここで重要になるのが、外部からの干渉です。

観測を行うまでは送信者側にある粒子の情報も受信者側にある粒子の情報も宇宙に存在していません。

今回の研究では、送信者側にある粒子に対して「量子もつれが壊れない程度の強さ」で外部からの操作を行って、強制的に粒子の状態(を縦揺れか横揺れかなど)を自由に変化させる方法が使われました。

受信者が観測する前に、送信者側で結果の操作を行うわけです。

すると送信者側の粒子の操作によって、受信側の粒子の状態も変えることが可能になります。

八百長のように思える仕組みですが、こうすることで送信者の元にある光子の状態と送りたい画像の情報の内容をリンクさせることが可能になります。


非線形検出器は、光子の量子状態を特定の方法で操作することができます。具体的には、特定の光子の空間的な特性(例えば、光のパターンや形状)を変更することが可能です。 / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

たとえば「縦揺れを1」「横揺れを0」のように粒子の状態を特定の意味に当てはめることで、送信者側の持つ画像データを受信者側に情報としてテレポートことが可能になります。

今回の研究では、この光子の操作や情報の変換には「非線形検出器」と呼ばれる装置が用いられました。

ここで着目したいのは、このデータの転送が起こる時、送信者側と受信者側の間には電波や電線や光ファイバーなど、いかなる情報伝達の手段も存在しないことです。

粒子が縦揺れか横揺れかの情報は、宇宙の裏側に張り巡らされたかのような「見えない関係性の糸」を使って瞬時にテレポートするからです。

そして見えない関係性の糸を通る情報速度は理論上、無限大とされています。

そのため、この段階で送信者と受信者が1億光年離れていても、画像データは瞬時に届けることが可能になります。

こう言うと「ついにSFに出てくるような超光速通信が実現するのか?」と思われるかもしれませんが、残念ながら違います。

というのも、結果を操作するだけの送信者側と違って、受信者側では粒子の状態を知るためは「観測」が必須となるからです。

たとえば送信者と受信者の間にもつれ状態の光子が100個ペア存在する場合「100ピクセル」の画像データを受信者側が観測した時点で、コミュニケーションは終了してしまいます。

新たな通話を行うには、再びもつれ状態の光子を100ペア生成し、送信者側と受信者側に届ける必要があるのです。

たとえば量子ペアを使い切った段階で送信者と受信者が1億光年離れていた場合、新たな光子のペアを届けるには光の速度でも1億年かかります。

そのため量子テレポーテーションを使った実質的な情報伝達は光の速度を超えられないと言うことができます。

(※地球にいる段階で100ペアのもつれた光子をわけあって、その後1億光年離れた場合のみ、やや特殊であり、その後はもつれた量子ペア数が尽きるまで画像でのやり取りが可能です。画像データの容量を節約すればするほど情報の往来を増やすことも可能でしょう)

また、この技術では送信者と受信者の間で、物理的な情報は移動しません。

情報のテレポートは見えない関係性の糸を辿って瞬時に行われるからです。

そのため基本的に両者の間での情報の傍受は不可能となり、情報伝達の安全性が高まります。

ただ研究者たちは、画像データをもとに光子の操作を行う非線形検出器(画像読み込み機)にハッキングが行われた場合には、情報が盗まれてしまう可能性があると述べています。

(※送信前の段階で情報が盗まれてしまう場合には、傍受への耐性は無駄になるからです)

研究者たちは今後、送信者と受信者にもつれ状態にある量子を配る方法として、既存の光ファイバーネットワークが使えるかどうかを検討していくと述べています。

参考文献

‘Teleporting’ images across a network securely using only light
https://www.wits.ac.za/news/latest-news/research-news/2023/2023-12/teleporting-images-across-a-network-securely-using-only-light.html

元論文

Quantum transport of high-dimensional spatial information with a nonlinear detector
https://www.nature.com/articles/s41467-023-43949-x

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部