ペットの健康チェックと「入荷基準」
ペットショップがどのように子犬・子猫を管理しているのかも気になるところだろう。ペットショップチェーンの多くは、いったん子犬・子猫を1カ所に集めて社員獣医師による健康チェックなどを行う流通方式をとっている。
たとえばAHBは全国7カ所に、仕入れた子犬・子猫の集中的な診療施設を設け、そこで同社の獣医師らが健康チェックを行っている。
もし、「入荷基準」に満たなければ、この段階でも繁殖業者のもとに戻されるケースが出てくる。ペッツファーストも同様に、東京都大田区内などにある管理センターに子犬・子猫を集め、そこで獣医師らが健康状態を確認している。
積極的に繁殖業者のあり方に関わっていこうとするAHBのスタンスは、ペットショップと繁殖業者の関係を変えつつある。
「私たちは繁殖についての指導から、ブリーダーさんたちの後継者問題にまでかかわるようにしています。そして社員の獣医師たちが議論を繰り返して『入荷基準』を決めているのですが、これにもブリーダーさんたちのレベルを高める意味があります」(岡田氏)
同社が定める「入荷基準」とは子犬・子猫の身体のあらゆる箇所におよぶ、詳細なものだ。
パルボウイルスや寄生虫の感染はもちろん入荷NG。たとえば「歯と口腔(こうくう)」について「犬歯が口蓋(こうがい)に刺さって炎症があるものは不可」とし、「カラー」は「猫のホワイト単色は不可」などとしている。
また「尾・狼爪」について「尾曲の酷いもの」であったり、「皮膚」に「鱗屑(りんせつ)、脱毛、局部脱毛、発赤(ほっせき)、湿疹、イボが認められるもの」であったりしても、同社は入荷しない。
また入荷後も、チワワで450グラム以上、ミニチュアダックスフントで600グラム以上、トイプードルで450グラム以上、猫で450グラム以上――などの体重に満たない場合、受け入れを拒否しているという。
岡田氏によるとこれらの体重についての基準は、「母親から引き離しても自立できるかどうかという観点から、試行錯誤の末に内規としました。週齢規制に、ブリーダーが違反していないかどうかの判断にも利用しています」。
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繁殖業者の多くは経験だけをもとに繁殖を行うケースが多い
こうした基準を定める一方、繁殖業者の技術向上のための講習会を「AHBブリーディングシンポジウム」と題して、全国で開催している。
2015年5月20日には、名古屋市千種区の「吹上ホール」で開催、犬や猫の繁殖業者ら延べ約160人が参加した。川口雅章社長のあいさつには、業界の置かれた状況への危機感があふれていた。
「私どもを取り巻く環境にはアゲンストの風が吹いています。それは今後も厳しくなっていくのではないかと思っています。でも本来、そうあらねばならないのです。業界の慣習などを、私たち自身が改めていかなければならないと、考えています。その際、動物たちの健康と安全が一番大事なことです。健康な子があふれ、一方でかわいそうな命を少しでも減らしていくために、一つ一つ問題をクリアしていきながら、10年後、20年後にも社会に認められる存在でありたいと思っています」
講師を務めるのは、日本獣医生命科学大学の筒井敏彦名誉教授(獣医繁殖学)のほか同社所属の獣医師ら。「猫の繁殖の特徴」や「犬の正しい繁殖」、「遺伝子検査の実用化」などをテーマに、プログラムが1日かけて進んでいった。
繁殖業者の多くは経験だけをもとに繁殖を行うケースが多く、獣医学に基づいた手法に接する機会はほとんどない。それだけに熱心にメモを取る姿が散見され、また質疑応答も盛り上がる。
シンポジウムで長く時間を割くのが、遺伝性疾患について。ここでも同社の獣医師が、失明につながる病気「PRA(進行性網膜萎縮症)」を例に取りながら「アフェクテッド(原因遺伝子を持っていて発症する可能性のある個体)は繁殖に用いるべきではありません」などと丁寧に説明していく。筒井名誉教授は、シンポジウムで遺伝性疾患について時間を割く意義をこう話す。
「大学付属病院で犬の遺伝性疾患を長く見てきた。『日本は世界でも突出して犬の遺伝性疾患が多い』と言われる。そうした犬たちがどのように生産されているのか常々気になっていた。健康な犬猫を世の中に出すべきだと考え、ブリーダーへの指導を行っている」
同社はこの年、全国6会場で同様のシンポジウムを展開。延べ約1000人の繁殖業者らに犬猫の繁殖方法や遺伝性疾患についての情報提供を行った。
文/太田匡彦