ジョギングしても怒りは鎮まらないと判明。 / Credit:Canva
「運動した後はスッキリする」、そう感じる人は多いでしょう。
そのため、「イライラするときや怒りを鎮めたい時には運動すると良い」と考える人も同様に多いかもしれません。
映画でも、主人公が怒りを鎮めるためがむしゃらに走ったり、悪役がサンドバッグを殴ったりしているシーンが描かれることがあります。
しかし、どうやら運動で怒りを鎮めようというのは誤った考え方だった可能性があるようです。
アメリカのオハイオ州立大学(Ohio State University)に所属するブラッド・ブッシュマン氏とソフィー・リンゲンセン・ケアビック氏の研究チームは、154件の研究に基づいたメタ分析により、「ジョギングなどの運動で怒りを鎮めようとするのは間違いだ」と報告しました。
怒りを鎮めるには、体の覚醒(興奮)を鎮める深呼吸や瞑想の方が役立つというのです。
研究の詳細は、2024年3月11日付の学術誌『Clinical Psychology Review』に掲載されました。
目次
「情動の二要因理論」に基づくメタ分析ジョギングなど「体を覚醒させる活動」では怒りは鎮まらない
「情動の二要因理論」に基づくメタ分析
強い怒りを鎮めるには? / Credit:Canva
強い怒りを感じると、「何かに怒りをぶつけたい」という衝動に駆られるものです。
壁や机を殴ったり、物を地面にたたきつけたり、最悪のケースとして人に攻撃を加えたりしたくなるかもしれません。
実際一部の人たちは、「物に当たることで怒りに対処すること」を推奨しています。
しかし、そのような方法は逆に「怒りを燃え上がらせている」ようにも見えます。「体を覚醒(興奮)させ、怒りを表現する」という方法で、怒りは本当に鎮まるのでしょうか。
この点を明らかにするため、ブッシュマン氏ら研究チームは、性別、人種、年齢、文化の異なる1万189人の参加者を対象とした154件の研究に基づく、メタ分析を行いました。
メタ分析とは、過去に行われた複数の研究結果を統合し、より信頼性の高い傾向を抽出する手法のことです。
そして今回のメタ分析は、「情動の二要因理論」に基づいて行われました。
新しい研究は、情動の二要因理論に基づいて多くの研究をメタ分析したもの / Credit:Canva
この「情動の二要因理論」とは、1960年代に心理学者のスタンレー・シャクター氏と、ジェローム・シンガー氏によって提唱されたもので、「情動は、身体反応による生理的覚醒と、認知的解釈(ラベリング)の相互作用で生じる」という理論です。
この理論を実証するため、研究では次のような実験が行われています。
参加者は、それぞれ3つのグループに分けられ、実験後に怒りをどれくらい感じたか評価しました。
①ビタミン剤と称してアドレナリンを注射
②ビタミン剤と称して生理食塩水を注射
③アドレナリンの注射後、「注射によって生理的な興奮が生じる」ので注意するようきちんと説明される
その結果、②③に比べて、①のグループで怒りの情動が高く見られました。
①のグループは、アドレナリンによる興奮(生理的覚醒)を注射によるものだと考えることができず、看護師の失礼な態度によるものだととらえ(認知的解釈)、怒りを感じたのです。
60年代の研究だけあって、現代で実践したらいささか問題のありそうな実験ですが、ここからは体が覚醒していると、脳はその反応に対して「怒り」という情動のラベルを貼り付けてしまうことがわかります。
この仕組みを「情動の二要因理論」といい、恐怖のドキドキを恋愛のドキドキに錯覚する「吊り橋効果」もこれに該当します。
そしてこの理論からすると、情動(怒り)を鎮めるためには、体の覚醒を鎮める必要があると考えられます。
ブッシュマン氏ら研究チームは、この観点でメタ分析に取り組みました。
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ジョギングなど「体を覚醒させる活動」では怒りは鎮まらない
今回のメタ分析では、覚醒を高める活動と覚醒を低下させる活動に焦点を当てて、それが怒りを鎮めるのに役立つか調べました。
覚醒を高める活動には、サンドバッグをたたく、ジョギング、サイクリング、水泳などが含まれます。
覚醒を低下させる活動には、深呼吸、マインドフルネス(ただ目の前のことに集中すること)、瞑想、ヨガ、漸進的筋弛緩法(筋肉に力を入れた直後に弛緩させるリラックス法)などが含まれます。
ヨガなどの体の覚醒を低下させる活動は、怒りを鎮めるのに効果的だった / Credit:Canva
その結果、覚醒を低下させる活動が、様々な場面で、様々な集団に対して、怒りを鎮めるのに効果的であることを発見しました。
この結果は特定の人だけでなく、あらゆる背景を持つ人に対して当てはまりました。
研究室または現場でも、デジタルプラットフォームまたは対面指導でも、グループまたは一対一でも、大学生または非学生でも、犯罪歴がある人またはない人でも、知的障害のある人またはない人でも、それらの活動は怒りを鎮めるのに役立っていたのです。
情動の二要因理論に基づき、体の覚醒(興奮)を低下させる活動が、怒りの抑制に役立つと示されたのです。
加えてケアビック氏は、怒りの抑制に役立つ方法としては「漸進的筋弛緩法やリラクゼーションを促すヨガなどが効果的だった」と述べています。
漸進的筋弛緩法はストレッチの一種で、例えば肩にグッと力を入れて骨格筋を緊張させた後、力を抜いて肩を落とし脱力させるなどの方法を指します。これはリラックスを促す方法として心理学的にも知られています。
ケアビック氏は今回の結果について、「現代社会では、誰もが多くのストレスを抱えており、それに対処しなければいけません。ストレスに効くのと同じ戦略が、実は怒りにも効くことを示すことは有益です」とその意義を説明しています。
確かに、「ヨガや漸進的筋弛緩法などを身に着けて習慣化すれば、日々のストレスに対処するだけでなく、突発的な怒りに対処できる」というのは、多くの人にとって助けとなる情報です。
ジョギングなどの覚醒を高める活動は、怒りを鎮めることはない / Credit:Canva
対照的に、覚醒を高める活動には、基本的には怒りを軽減する効果がありませんでした。
特にジョギングは怒りを鎮める効果があるどころか、逆に怒りを燃え上がらせる可能性が最も高かったようです。
共同研究者のブッシュマン氏は「興奮を高める特定の身体活動は、心臓の健康には良いかもしれないが、怒りを抑える最良の方法ではないことは確かだ」と述べています。
そして、この「興奮を高めることが怒りの解決策ではない」という発見は、怒りを爆発させることと継続的な攻撃性を関連付けたブッシュマン氏の以前の研究結果(2022年)とも一致しています。
そのため彼は、「怒っている人は感情を発散させたいので、これは本当に戦いだと言えます。私たちの研究によると、感情を爆発させる行為は、実際には攻撃性を高めることになるのです」と続けました。
感情を爆発させることは、怒りを鎮めることに繋がらないかも / Credit:Canva
ただし、身体活動だったとしても、体育の授業や球技は覚醒を低下させる効果があったという。
研究チームは、「身体活動に遊びの要素を取り入れることで、ポジティブな感情を高めたり、ネガティブな感情を打ち消したりする可能性がある」と考えています。
脳は意外と単純な面があり、体の興奮がどういった感情で起きているのか上手く理解できていません。そのため、競技性のある運動ならば怒りの感情が別の感情として再解釈されたり上書きされてしまうのかもしれません。
今回の研究によって、「ジョギングなど、一人で黙々と行う運動で怒りを鎮めようとするのは間違い」であることが示されました。
しかし運動の代わりに怒りを鎮めるための方法は、別に難しいことではありません。
それこそ、深呼吸やヨガ、漸進的筋弛緩法は、YouTubeなどどこでも解説されていて簡単に実践できます。
もしあなたが次に強い怒りを感じた時には、物に当たるのでも、ジョギングするのでもなく、体をリラックスさせるよう意識してみてください。
参考文献
Breathe, don’t vent: Turning down the heat is key to managing anger
https://news.osu.edu/breathe-dont-vent-turning-down-the-heat-is-key-to-managing-anger/
Angry? Don’t go for a run, it’ll just make things worse
https://newatlas.com/health-wellbeing/venting-does-not-reduce-anger/
元論文
A meta-analytic review of anger management activities that increase or decrease arousal: What fuels or douses rage?
https://doi.org/10.1016/j.cpr.2024.102414
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。