良くも悪くもFC町田ゼルビアは、紛れもなく2024年シーズンの主役だ。
たとえ優勝を逃したとしても、これほど話題を提供してきたチームはない。ライバルクラブのファンからは反発を買ったが、悪役を逆手にロングスロータオルを売り出すような商魂の逞しさも備えている。
とにかく町田の試みは斬新だった。J1初昇格でもなりふり構わず細部にまでこだわり、勝利を追求し、結果的にはそれが物議を醸し、侃々諤々の議論を呼んだ。
ところが町田問題が、これほど斯界を騒がせても、機構側は沈黙し、是非の明言を避けて来た。黒田剛監督が青森山田高校時代から多用してきたロングスローによる遅延問題は、今ではワールドカップを筆頭に世界中で黙認されている。あたかもロングスローに特別な時間を与えることが、常識として共有されているかのように映る。
かつてスローインの遅延行為には、ゴールキックと同等以上に厳しく警告が出されていた。因みにJ1リーグ第29節の浦和レッズ戦で、町田は後半だけで5本のロングスローを試みている。敢えて「試み」と記したのは、このうち1度はタオルでボールを拭き、ロングスローの準備をしているように見せかけ、一転して近くの味方に投げたのだ。
このフェイク行為には38秒程度を要したが、アディショナルタイムへ突入前の残り3度は、いずれも30秒弱。高校選手権等では1分間近くもかけているケースがあるので、極端に悪質な遅延行為とは言えない。ただし、もし普通のスローインで、スロワーがボールを持ったまま30秒も佇んでいたら、間違いなく警告が出ているはずだ。つまりロングスローは、今、世界中で優遇されている。
そうとしか思えなかったので、本稿執筆前に編集部に依頼し、JFA(日本サッカー協会)、およびJリーグへ質問を提出してもらった。返答はメディア対応の「レフェリーブリーフィングでのみ行う」とのことだった。
「ロングスローもサッカーの戦術のひとつ。しかし、だからと言って凄く時間を使って良いのかというとそうではない」
佐藤隆治JFA審判マネジャーの返答である。つまり投げる距離の長短で、遅延行為の反則を取るかどうかの差別はなく、原則としてロングスローへの優遇措置はないとのことだった。
【記事】ロングスローは遅延行為が出されにくい? 審判委員会の見解は――タオルで拭く行為にも言及「必ず拭いていいってことではない」
【記事】競技規則に「ボールに水をかけちゃいけない」の記載なし。ではどうジャッジすべきか。審判委員会が25分をかけて詳細に説明
ただし一方でJリーグは、2012年に「プラス・クオリティ・プロジェクト」と題して4つの約束を明示している。その中には「リスタートを早くしよう」「抗議、遅延はゼロを目指そう」と謳っており、アクチュアル・プレーイング・タイム(実際のプレー時間)の増加を促している。
確かに町田がロングスローを多用してもルール上は何も問題がない。しかし先述の浦和戦の後半のアディショナルタイムは7分間。VARの介入がなかったのに7分間も追加されたのは、町田のロングスロー多用や、そのタオルを巡る浦和スタッフとの諍い等が影響していることは否めない。
また、対ジュビロ磐田戦では、町田の藤尾翔太がPKを蹴る前に水をかけたボールをレフェリーが交換したわけだが、この行為について佐藤マネジャーは「十分に理解できる」と支持している。
「サッカーの競技規則は、わずか17条しかなく、その判り易さが世界で最も受け入れられた要因。個々の事例について『こういうことはダメだ』と細かく記されているわけではない。しかしだからこそ我々は、フェア、安全、公平という競技規則の精神に則り、現場で起こる出来事に臨機応変な対応をしていく必要がある」(佐藤マネジャー)
ルールブックには、ボールに水を「かけてはいけない」とも「かけても良い」とも記されていないわけだが、主審は責任を持って公平感を損なわないための措置を選択したということだ。
町田の行為が波紋を呼ぶのは、ルールから外れず様々なアイデアや企業努力を追求した結果でもある。実際セットプレーの多彩さや熟練度などは、日本代表も参考にしてほしいくらいだ。黒田監督は青森山田高校時代から判定への不満が多かったが、こうして個々のジャッジに躊躇なく疑問を呈するのも、どこまでが許されるのか、その確認作業へのこだわりだと見ることも出来る。
時間をかけて丁寧にロングスローを繰り返す町田の戦い方は、ルール上は問題なく遅延行為とは見なさないのが世界の流れだ。だが、スピーディに実際のプレー時間を伸ばしていこうとするJリーグの努力目標からは外れている。またプロリーグが興行である以上、ファンがロングスローに時間をかけるのをどこまで容認するのか、という問題もある。
既にイングランドの2~4部リーグを管轄するEFLは、スローインの際にタオルでボールを拭くことを禁止した。確かに個々のジャッジについては、ルールの基盤を成す精神に則り、臨機応変な対応をしていくのが、フットボールのあり方だと思う。
しかし反面、努力目標に逆行する行為が賛否を問われているなら、明快な指針を示すのが機構側の責任になる。フットボール文化が浸透したイングランドが世界に先駆けて毅然と方向性を打ち出したのに、Jリーグが現況を看過するだけでは「努力目標」への本気度も問われる。
文●加部究(スポーツライター)
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