東京大学によって「因果を打ち破って充電」する量子電池が発表 / Credit:東京大学 . 量子電池は因果関係を打ち破る
因果を破って充電します。
東京大学で行われた研究により、因果律の壁を打ち破る新たな手法によって、従来の量子電池の性能限界を超えることに成功しました。
これまで私たちは古典的な物理学も量子力学でも「AがBを起こす」と「BがAを起こす」いう因果律が存在する場合、一度に実行できるのは片方だけであると考えていました。
しかし新たな充電法では、2つの因果関係を量子的に重ね合わせる方法が用いられており、「AがBを起こす」と「BがAを起こす」という2つの因果の経路から同時に充電することに成功しました。
研究者たちはこの方法を使えば、既存の量子電池の充電能力を高めることができると述べています。
しかし因果律を破るとは、具体的にどんな方法なのでしょうか?
今回はまず因果律を打ち破る不確定因果順序(ICO)と量子電池の基本的な仕組みを解説し、その後、2つの量子世界の現象を組み合わせた今回の研究結果について紹介したいと思います。
研究内容の詳細は2023年12月13日に『Physical Review Letters』に掲載されました。
目次
物理学では因果の破壊が進行している量子電池とは何か?量子電池に不確定因果順序の仕組みを組み込む
物理学では因果の破壊が進行している
東京大学によって「因果を打ち破って充電」する量子電池が発表 / Credit:Canva . ナゾロジー編集部
因果律は私たちにとって、生まれながらに持っている概念の1つです。
特に古典的な物理学の世界においてはに「AがBを起こす」という因果がある場合、時間的にAが先でBが後であることは必然であると考えられています。
たとえば「モーターを回して(A)電気を流す(B)」という物理現象(発電)の場合、逆を辿って「電気を流して(B)モーターを回す(A)」ことも可能ですが、両方を同時に行うことはできません。
しかし量子物理学の世界では、古典的な概念の多くが曖昧になってしまいます。
たとえば量子的な重な合わせが起こると、1つの粒子が異なる2つの場所に同時に存在するという「位置の曖昧さ」が発生します。
またシュレーディンガーの猫の例では、生きている状態と死んでいる「状態が重ね合わされている」と表現されるように、量子の世界では観察される瞬間まで、あらゆる可能性が確率的に共存していると考えられています。
驚くべきことに、近年の量子物理学では、この曖昧さが位置や状態だけではなく、時間的な因果関係にも適応できることがわかってきました。
この因果関係の曖昧さが発生すると「AがBを起こす」と「BがAを起こす」という『因果関係そのものの重なり合い』が発生します。
東京大学によって「因果を打ち破って充電」する量子電池が発表 / Credit:K. Goswami et al . Indefinite causal order in a quantum switch . arXiv Vanity (2023)
量子力学では観察するまで粒子の状態が判明しないと言われていますが、それは粒子の位置や状態だけでなく粒子が辿ってきた因果関係にも及んでいたわけです。
この因果の重ね合わせは不確定因果順序(ICO)と名付けらており、2017年に行われた研究では不確定因果順序の実験的な実証にも成功したと報告されました。
(※量子力学の扱う小さな世界では時間は存在しないとする意見も存在します。この意見では「時間は巨視的なシステムの創発的な特性」として理解されています。つまり小さな世界では時間が存在しないものの、システム全体が大きくなるにつれて時間の特性が後付けされる(創発される)と考えられています)
量子物理学は直感的な理解が困難であることが有名な分野ではありますが、因果関係を打ち破る不確定因果順序(ICO)が直感へ起こす反逆は、特に大きいと言えるでしょう。
東京大学によって「因果を打ち破って充電」する量子電池が発表 / Credit:Canva . ナゾロジー編集部
そのため、この概念が2009年に提唱されて以来、不確定因果順序の理論や実証にかかわる300本以上の論文が発表されており、現代の物理学者の興味を最も引く分野の1つとなっています。
(※因果律の打破は哲学の分野にも影響を及ぼしており、不確定因果順序をどのように解釈すべきかについて「科学哲学」や「神学」のレベルで考察する論文なども発表されています)
つまり今、物理学では、因果律の打破が最もホットな話題というわけです。
そこで今回、東京大学の研究者たちは、このホットな不確定因果順序のプロセスを、量子力学において最もクールな概念の1つである「量子電池」と融合させることにしました。
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量子電池とは何か?
東京大学によって「因果を打ち破って充電」する量子電池が発表 / Credit:Canva . ナゾロジー編集部
普通の電池は、充電エネルギーが内部の粒子を順番に高エネルギー化することで電力を蓄えていきます。
もし内部に5個の粒子しか存在しないミニマム電池に対して、少しずつ充電エネルギーを注入していくとすると、5個の粒子が1個ずつ順番に高エネルギー化(励起)していく様子が見られるでしょう。
量子電池も蓄電するにも外部からのエネルギーが必要ですが、蓄電を担当する粒子が普通の電池とは少し異なっています。
普通の電池では蓄電粒子は独立して存在していますが、量子電池では蓄電を担当する粒子たちは互いに「量子もつれ」の関係にあり、量子コンピューターでも扱われる量子ビットとしての性質を持ち合わせています。
量子もつれは、2つ以上の量子ビット(qubit)がそれぞれ相関した状態にあり、一方の量子ビットの状態が他方の量子ビットに即座に影響を及ぼすことが知られています。
この現象は、アルベルト・アインシュタインが「不気味な遠隔作用」と表現したほど、古典物理学の常識を超えたものです。
(※量子もつれの基本的な概念については下記の記事にて詳しく説明しています)
量子電池では、この量子もつれの特性を利用します。
量子ビットの数が多ければ多いほど、もつれのネットワークが大きくなり、瞬時に相関する粒子数が増えていきます。
この状態で粒子に対して充電を行うと、エネルギーがネットワーク内のすべての量子ビットに素早く分配されるため、充電プロセスが加速されます。
そのため普通の電池では内部の蓄電粒子が多い「大きい電池」ほど充電に時間がかかりますが、量子電池の場合にはもつれ状態の粒子が多ければ多いほど、つまり「大きい電池」ほど充電が早くなるという、興味深い特性を持っています。
通常の電池では1つ1つの蓄電粒子が励起されていきますが、量子電池では量子もつれ状態にされたネットワーク内部の粒子が一度に励起されるからです。
この性質は既に何度も実験的に実証されており、量子電池は通常の電池では達成できない速度で充電できることが示されています。
ただ量子電池であっても性能には限界があり、その限界値は量子力学の法則によって制限されていると考えられていました。
しかし今回、従来の量子力学の枠組みを超えた因果順序を打ち破る原理を加えたことで、さらなる性能アップを試みました。