クジラの巨大耳クソから146年間のストレス要因が判明 / Credit:pixabay
地球上最大の哺乳類であるシロナガスクジラ(学名:Balaenoptera musculus)は耳クソも巨大でした。
2007年、アメリカのカリフォルニア州で船との衝突により死亡した体長21.2mのシロナガスクジラから取り出された耳クソはなんと長さ25.4cm!
25cmといえば、身近なものではジャポニカ学習帳の縦の長さ、1Lペットボトルの高さと同程度です。
しかも、ただデカいだけではなく、ヒゲクジラ類の耳クソは耳垢栓(じこうせん)と呼ばれ、重要な研究材料として使われているのです。
アメリカ・ベイラー大学(Baylor University)のスティーブン・J・トランブル(Stephen J. Trumble)氏ら研究チームは、耳垢栓から146年分のデータを収集し、人間の活動がヒゲクジラ類にストレスを与えていたことを明らかにしました。
研究の詳細は2018年11月2日付で『Nature Communications』に掲載されています。
目次
クジラの耳クソは一生溜まり続ける耳クソから146年間のストレスの正体が判明
クジラの耳クソは一生溜まり続ける
クジラの耳は、人間と同じように目の少し後ろにあります。耳介は無く、体の外側から見ると耳の穴は塞がっていますが、人間が耳掃除をする空間にあたる外耳道(がいじどう)は内部に存在しており、そこで耳クソの塊である耳垢栓が形成されます。
当然、外耳道は体外とつながっていないため、途中で海に流れてしまうことはありません。つまり、生涯耳クソが溜まり続けるのです。
クジラの耳は目の後ろに位置している / Credit:pixabay/ナゾロジー編集部
シロナガスクジラの耳垢栓 / Credit:Stephen J. Trumble et al., PNAS(2013)
そんなに耳垢が溜まっていたら、外の音が聞こえないんじゃないかと思う人もいるかもしれません。
しかし、ヒゲクジラ類の聴覚のメカニズムは、人間のように音波が外耳道、鼓膜に伝わり感知する「空気伝導」ではなく、頭の骨に振動が伝わり感知する「骨伝導」である可能性が高いといわれています。
そのため、聴力への悪影響は報告されていません。
耳クソの真価
1955年に大英博物館のP.E.パービス(P.E.Purves)により、「ヒゲクジラ類の耳クソがどうやら年齢を調べるのに役立つらしい」と発見されて以来、盛んに研究が行われてきました。
これは、ヒゲクジラ類の生態と耳垢栓の成分に関連しています。
耳垢栓は、主に人間の髪の毛や爪を構成するタンパク質の一種であるケラチンと脂質で構成されています。
ヒゲクジラ類は、半年ごとに餌を食べる時期と食べない時期を繰り返すため、餌を食べる時期には脂質が多く含まれた明るい色の層、餌を食べない時期には脂質が少ない暗い色の層が形成され、まるで木の年輪のように層状に蓄積していきます。
この明暗色の層(成長層)が1年に1セット形成されることを利用し、1セット=1歳とカウントして年齢を査定します。
耳垢栓の明るい色の層と暗い色の層を1セット1歳として年齢を推定する / Credit:Stephen J. Trumble et al., Nature Communications(2018)
得られた年齢データから、性成熟し繁殖活動を始める年齢や死亡率、年齢組成を推定することもでき、長年様々な研究に利用されてきました。
年齢データを基にした研究以外にも、耳垢栓がホルモンや環境汚染物質などの化学物質を保持することを利用した研究も行われています。
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耳クソから146年間のストレスの正体が判明
従来、クジラを生涯にわたり化学的に分析し、人間の活動や環境変化などのストレス要因がクジラに与える累積的な影響を評価することは極めて困難であるとされてきました。
そこで、トランブル氏らは、ヒゲクジラ類の耳垢栓に着目しました。
ストレスを受けたときに分泌が増えるホルモンであるコルチゾールの測定値と年齢データを組み合わせ、ヒゲクジラ類が受けたストレスを長期的に評価しようと考えたのです。
この研究では、20世紀の商業捕鯨による捕獲個体または近年座礁した個体である、北半球のシロナガスクジラ、ナガスクジラ(Balaenoptera physalus)、ザトウクジラ(Megaptera novaeangliae)計3種20頭から採取された耳垢栓を使用し、1870年〜2016年までの146年間のストレス評価を行いました。
人間の活動がクジラにストレスを与えていた / Credit:pixabay/ナゾロジー編集部
その結果、20世紀の商業捕鯨による捕獲頭数とコルチゾール測定値に密接な相関関係がある、すなわち、商業捕鯨がヒゲクジラ類にストレスを与えていたことが示されました。
また、興味深い点として、1939年〜1945年の第二次世界大戦中には、商業捕鯨による捕獲頭数が減少したにもかかわらず、コルチゾール測定値の増加がみられました。
このことから、水爆、戦艦、飛行機、潜水艦を使用した海戦などの戦時活動や船舶数増加が、ヒゲクジラ類にとってストレス要因であった可能性が示唆されました。
戦後、商業捕鯨が再開されると、捕獲頭数増加に伴いコルチゾール測定値も増加しました。しかし、1970年代に商業捕鯨モラトリアムが採択され、商業捕鯨が停止されると、コルチゾール測定値も減少したという結果が出ました。
ところが、再びコルチゾール測定値の増加が確認されました。検証の結果、1970年から2016年までの海面水温異常と正の相関関係が認められました。
つまり、海面水温異常の頻度増加が、クジラにとってのストレス要因として、商業捕鯨にとって変わったことを示すと結論づけました。
研究材料は耳クソという思いもよらぬものでしたが、環境問題を考える上で、他の生物への影響は慎重に考慮しなければなりませんね。
参考文献
Whale earwax reveals just how much human activity can stress out marine mammals
https://www.nhm.ac.uk/discover/news/2018/november/whale-earwax-reveals-just-how-much-human-activity-can-stress-out.html
How Whales Hear: 3D Computer Simulations of Baleen Whale’s Head Point to Skull Vibrations
https://today.ucsd.edu/story/how_whales_hear_3d_computer_simulations_of_a_baleen_whales_head_reveals_its
元論文
Baleen whale cortisol levels reveal a physiological response to 20th century whaling
https://doi.org/10.1038/s41467-018-07044-w
Blue whale earplug reveals lifetime contaminant exposure and hormone profiles
https://doi.org/10.1073/pnas.1311418110
ライター
門屋 希実: 大学では遺伝学、鯨類学を専攻。得意なジャンルは生物学ですが、脳科学、心理学などにも興味を持っています。科学のおもしろさをわかりやすくお伝えし、もっと日常に科学を落とし込むことを目指しています。趣味は釣り。クロカジキの横に寝転んで写真を撮ることが夢。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。