ADHDの方が食料採集の能力に長けていた⁈「進化上の利点」があった可能性 / Credit: canva

ADHD(注意欠如・多動症)は、集中力が続かない”不注意”、落ち着きがない”多動性”、思いつくとすぐに行動してしまう”衝動性”を特徴とする発達障害です。

近年はADHDと診断される人の数が世界的に増加しており、そのネガティブな側面ばかりが話題にされています。

しかし米ペンシルバニア大学(University of Pennsylvania)の研究で、意外にもADHDには私たちの祖先にとって進化上の利点があったことが示唆されました。

ADHDに特有の注意散漫や衝動性が初期人類の食料採集において役に立った可能性があるというのです。

一体どういうことでしょうか?

研究の詳細は2024年2月21日付で科学雑誌『Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences』に掲載されています。

目次

ADHDには進化上のメリットがあった?ADHDの方が食料採集の能力に優れていた?

ADHDには進化上のメリットがあった?


ADHDには進化上のメリットがある? / Credit: canva

ADHD症状を持つ人は一般に、目の前の活動に集中し続けることが難しく、落ち着きがなくなって、注意散漫になりやすい傾向にあります。

自分の好きな物や事に対しては過剰な集中力を発揮するものの、嫌いな物や自分の望む成果が出ない事に対しては飽きっぽく、すぐに別の行動に移ってしまいます。

一見すると、円滑な社会生活を営む上では障壁になる特徴ばかりです。

その一方で、研究主任のデヴィッド・バラク(David Barack)氏は、ADHDが人類の中で根強く受け継がれている点に注目します。

ADHDの発症原因には遺伝的要因が大きく関与しているとされていますが、同氏は「もしADHDの形質が本当にネガティブなものでしかないのであれば、進化の過程で自然に淘汰されているはずだ」と指摘します。

これほど人類に広くADHDが受け継がれているということは、私たちの祖先において何らかのメリットがあったのではないか?

バラク氏ら研究チームはそう仮説を唱えて、ちょっと変わったゲーム実験を行いました。

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ADHDの方が食料採集の能力に優れていた?

チームはオンライン上で、アメリカ在住の成人457名(平均年齢45.6歳、男性232名、女性217名、その他8名)を被験者として募りました。

人種は白人からアフリカ系アメリカ人、アジア系、ラテン系と多岐にわたります。

被験者には、私たちの祖先がしていたであろう採餌行動を想定して、茂みの中からできるだけ多くのベリーを収穫するゲームに取り組んでもらいました。

ゲーム内では、道の左右に並んだ茂みの各ポイントにカーソルを合わせると収穫でき、採集を続けるごとにその茂みから得られるベリーの数は減っていきます。

被験者は同じ茂みで限界まで採集を続けることもできますし、新しいポイントに自由に移動することもできます。

新しいポイントではまた勢いよくベリーが取れ始めます。

制限時間は8分です。


ゲームのイメージ。カーソルを茂みに合わせるとベリーが採集できる / Credit: David L. Barack et al., Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences (2024)

これと並行して、被験者にはADHD症状をどれだけ持っているかを評価するアンケート調査に回答してもらいました。

その結果、症状に程度の差はあるものの、参加者のうちのやく半数に当たる206名が何らかのADHD症状を持つことが確認されました。

そしてチームは各被験者のADHDスコアとゲームでの収穫量や行動傾向を比較したところ、興味深い発見をしたのです。

ADHDスコアの低い被験者は、同じ茂みポイントに長く留まる傾向があり、他のポイントに移動する回数が少なくなっていました。

これに反して、ADHDスコアの高い被験者は、同じ茂みポイントに留まる時間が短く、収穫量が減ってきたと感じたらすぐに別のポイントに移動する傾向が見られたのです。

その結果、ADHDスコアの高い被験者はそうでない被験者に比べて、最終的なベリーの収穫量が多くなっていました。

これは非常に興味深い結果です。

ADHD症状を持つ人はおそらく、同じ茂みから採れるベリーの数が減ってきたことで集中力を切らし、注意散漫さから他の茂みが気になり始め、そして「思い立ったらすぐに行動する」という衝動性から採集ポイントを変えていたと考えられます。

しかしそれによって、最終的なベリーの収穫量が増えるという有益な結果につながっていたのです。


ADHD特性が仲間の食料難を救うこともあった? / Credit: canva

このことはADHDの特性が初期人類の狩猟採取グループにおいて生存に有利に働いた可能性を示唆しています。

研究には参加していない英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のマイケル・J・ライス(Michael J Reiss)氏は「ADHDは深刻な悪影響と関連づけて考えられるが、積極的な行動や迅速な意思決定が高く求められるようなシチュエーションでは役立つのかもしれない」と指摘しました。

ADHDの人は社会の中で、組織の規律や要望に応じて仕事をすることは苦手ですが、個人の裁量や責任で行う仕事では高いパフォーマンスを上げる場合があります。実際社会体に成功した有名人の中には、ADHDの特性に当てはまる人も多く存在すると言われます。

もしこうした行動特性が私たちの祖先において、未知なる狩猟採集ポイントの発見に繋がり、仲間の食料難を救うことにも繋がっていたとしたら、ADHDは人類の繁栄を促す大きな助けとだったのかもしれません。

学校や会社などの集団生活の中では問題児扱いされてしまうことが多いADHDですが、実際その特性にはネガティブな側面ばかりではなく、適切な状況さえ得られれば大活躍できる可能性が秘められているのです。

参考文献

ADHD linked with proclivity to explore: Research suggests it may have helped early hunter–gatherer groups
https://medicalxpress.com/news/2024-02-adhd-linked-proclivity-explore-early.html

ADHD may have been an evolutionary advantage, research suggests
https://www.theguardian.com/science/2024/feb/21/adhd-may-have-been-an-evolutionary-advantage-research-suggests

元論文

Attention deficits linked with proclivity to explore while foraging
https://doi.org/10.1098/rspb.2022.2584

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。