自殺ほう助が合法化されているスイスで9月24日、安楽死希望者を窒素噴出の“自殺マシン”で絶命させたとして、自殺に関与した医師らが地元警察により逮捕拘束された、とのニュースが大きな波紋を呼んでいる。
オランダメディアによれば、今回ドイツとの国境近くの森で「サルコ」と呼ばれる自殺ほう助カプセルを使用し死亡したのは、長年強い痛みを伴う重篤な疾患を抱えていた64歳のアメリカ人女性。「サルコ」は、ボタンを押すと内部が窒素で満たされ、低酸素症により死に至るというもので、安楽死運動の指導者として知られるオーストラリア人医師がオランダで開発。今年7月にスイスの自殺幇助団体が装置のデモンストレーション公開していたのだが、今回が初の実用化となった。
「とはいえ、自殺ほう助が合法化されているスイスで、なぜ窒素を使う『サルコ』が“違法”と判断されたのか。理由は、スイスにおける『自殺ほう助』は、あくまでも医師から処方された致死薬を患者本人が体内に取り込み死亡するものを指し、いかに医師とはいえど、第三者が患者に直接薬物を投与し死に至らせる行為は『積極的安楽死』で、法律で禁止されているという背景があるためです」(国際部記者)
さらに、自殺ほう助を受ける条件も「治る見込みのない病気にある」「耐え難い苦痛や障害がある」「自殺ほう助以外に苦痛を取り除く方法がない」「突発的な願望でない」「第三者の影響を受けた決断でない」等々、団体により厳しい規定があり、むろん「健全な判断能力を有する」ことも大きな条件の一つになっている。ところが今回の事件では、その辺りの事情がクリアされているかどうかもハッキリしていない。
基本、スイスで自殺ほう助を受けるためには、まず団体に会員登録することになる。この費用がだいたい年間40~80フラン(日本円で約7000~14000円程度)。そして医師の診断書を提出し、自殺ほう助希望の身上書に記入して団体の専門医が審査。申請が通れば数カ月後に許可が下りる流れとなっている。
現在、スイスには1982年に設立され非営利団体で古い歴史を持つエグジットほか、ディグニタスなどの団体があるが、エグジットの会員はスイス国籍保有者か、国内居住者のみに限られているものの、フランス語圏やドイツ語圏、イタリア語圏にも外部リンクがあり、フランス語圏の会員数は3万数千人、ドイツやイタリア語圏にいたっては14万人を超える登録者がいるというから驚く。
「団体によって許可が下りた患者らは、医師から処方された致死量のバルビツール酸系薬物を使用することになりますが、その場合も患者本人が点滴のバルブを開けるか、あるいは口から飲み込まなければならない。その点、今回の『サルコ』を使用した自殺ほう助は、仮に本人が機械のボタンを押したとしても、現行の規定を満たしていないことは明らか。それが積極的安楽死と捉えられた理由でしょう」(同)
逮捕が伝えられる前日の23日、スイスのボームシュナイダー内相は議会で「サルコは法令を順守しておらず」「違法」との見方を示した。一方、スイスでほう助自死の権利を訴える団体「ザ・ラスト・リゾート」のウィレットCEOは、「サルコを使用し私有森の木陰で亡くなった女性は長年、免疫不全に関連する深刻な問題を多数抱えていた。穏やかで、あっという間の尊厳のある死だった」とコメントしている。
スイス統計局の資料によれば、スイス国内での自殺ほう助による死亡者は年々増加傾向にあり、2017年にはすでに1000人を突破。また主要3団体が発表した年間の死亡者は1500人を超えたとも伝えられる。死亡者の大半は65歳以上だが、近年は若年層の死亡者も急増しているという。そんな中で起こった今回の事件。果たして、サルコによる自殺ほう助は合法なのか違法なのか…。死に対する倫理観の問題も含め、今後自殺ほう助という概念を巡って議論がさらに活発化することは間違いなさそうだ。
(灯倫太郎)