日中関係で不穏な空気が流れる中、香港に近い広東省深圳で現地の日本人学校に通う10歳の日本人男児が、登校中に40代の中国人の男に突然腹部を刺され死亡した事件(9月18日)。
事件を受け、中国に進出する日本企業の間では大きな動揺が走り、駐在員とその帯同家族を会社のお金で帰国させるなどの動きが広がっている。中には現地の日本人学校を退学させ、妻と子供を帰国させる駐在員もいるという。それだけ現地の日本人コミュニティには衝撃が走っているということだが、4月には江蘇省蘇州で日本人男性が見知らぬ男に切りつけられて負傷し、6月にも同じく蘇州で日本人学校のバスを待つ親子が襲われ、守ろうとした中国人女性が死亡する事件が起こっており、それは当然の流れと言えるだろう。
事件を受け、ニューヨークを訪問中だった上川陽子外相は23日午後、中国の王毅外相と国連本部で1時間ほど会談。犯人の動機を含む早期の事実解明と日本側への説明、再発防止策の徹底と厳正な処罰、在中邦人に対する安全の徹底などを要請したが、王氏はどこの国でも起こりうる偶発的事件と中国側の立場を改めて強調し、「政治化を避けるべきだ」などと訴えた。
こういった中国側の発表には大きな疑問が残る。一連の事件で日本側が求めているのは犯行の動機、要は、それぞれの事件の犯人に日本人を標的とする意思があったかどうか、あったならばどうしてそうなったのかという純粋な事実関係である。それを確認することは外国人の安全や人権を守るべき中国政府であるにもかかわらず、それを避け続けるのであれば、日本側は政治的意図があった事件と判断せざるを得ないだろう。
中国経済は近年勢いを失い、若者を中心に市民の失業率は高い推移を維持しており、市民の経済的不満が社会に広く漂っている。中国では大規模な抗議デモは滅多に見られないが、習近平政権に対する国民の不満の声は度々聞かれ、何かあれば習政権はそういった怒りの矛先を日本などに向けようとしている。
また、日本と中国は台湾や尖閣で常に緊張関係にあり、習政権はそういった事実関係を国営メディアなどで報道し、市民の対日認識を意図的に悪化させようとする。米中対立は長期的に続き、日中関係が改善の方向で進む気配は全く見えない。そうであれば、今後とも日本人を狙った事件が起こる蓋然性は高いと捉えるべきであり、日本企業には社員を中国に滞在させていいのかというモラルが問われよう。
(北島豊)