「相棒はイグアナ――異色の婚活物語で描きたかったこと」『イグアナの花園』上畠菜緒インタビュー

「馬づら」は誉め言葉。動物は人間よりも美しい。

――前作は、天国へ連れて行ってくれるという架空の生き物「しゃもぬま」が登場しましたが、今作も動物がカギとなります。上畠さんが動物に惹かれるのはなぜですか。

上畠 美しいからです。美しいから好きなのか、好きだから美しく見えるのかはもはやわかりません。「人間の常識が通じないところ」「言葉がわからないのに信頼関係を築いたり、愛情を形成できるところ」など、他の理由も思いつきますが、私、アニメ映画の『ズートピア』が好きなんですよ。あれって、見た目が動物なだけで中身は人間ですよね。なので、やっぱり一番はルックスが好きなんでしょうね(笑)。「馬づら」とか「豚っぱな」とか人間の容姿を動物にたとえる言葉も、私からしてみたら誉め言葉なんです。

――面白い! いわゆる美人とかイケメンには惹かれないんですか?

上畠 いえ。アイドルの女の子を見て、きれいだなって思うこともあります。でも、その辺を歩いてるわんちゃんを見ると、もう、圧倒的に美しいと感じるんです。

――動物のどういうところに美しさを感じるんですか。

 合理的なところ。速く走るために足の長さが整えられていて、筋肉がこんなふうに発達しているのか、美しい……と。人間は脳の発達のために二足歩行になっただけで、自然から生まれた体の形ではないんですよね。

――その視点をお持ちだから作中の動物たちを生き生きと描写できるんですね。
 蛇を保護しようとした美苑に対し、父の友人で大学教授の児玉先生は「世話をすることで、死ぬまでの時間を長引かせてしまうだけかもしれんぞ」「判断はすべて自分なのに、その結果はすべて動物に受けさせることになる」などと忠告します。上畠さんはペットショップにお勤めだった経験があり、今もインコと暮らしているそうですが、人間が動物を飼うことについてどう考えていますか。

上畠 食べることと同じだと、自分では思っています。強い種の特権。人間が強者だから食べるも飼うも相手を好きにできる。だからその分、責任も負う。食べる時は命を奪っていることをわかったうえでおいしくいただくし、飼う時は命を預かっているんだと自覚し、飼うからには絶対に幸せにするんだ、という思いで飼っています。うちの子はコガネメキシコインコという種類で、三歳児くらいの言語能力があると言われています。「飲み水、換えようか」と言うと、「ジャボジャボ」と水音を真似して応えるんですよ。なんのジェスチャーもしていないのに。この子は天才か? と、つい親ばかになってしまいます(笑)。

(広告の後にも続きます)

父が言い残した「さみしさ」を探して

――美苑は小学校の同級生から「さみしいやつ」と言われ、父から最後にかけられた言葉も「さみしいね」でした。これは美苑が「さみしい」とは何かを探していく物語でもあると感じました。

上畠 その通りです。同級生から言われた「さみしいやつ」という言葉は、人間の友達がいない美苑を憐れむ言葉であり、人間は人間とつながりたいと思うべき、という同調圧力でもあります。
 一方、父からの「さみしいね」は、美苑の心に自然に湧き起こった感情に寄り添った言葉で、美苑は物語を通して、父が言った「さみしいね」の意味を探していきます。
「人はなぜ結婚するのか」と考えた時に、「誰かと一緒にいたいから」という理由が浮かんできました。さみしいって、一緒にいたい人がそばにいないことですよね。「そば」にはいろんな種類があって、隣にいるのにさみしいこともあれば、離れてもさみしくないこともありますが、体なり心なり、相手とつながりたいと思う気持ちが「さみしさ」。だとすれば、美苑が結婚したい、もっと言えば、人間社会に属したいと思うためには、この「さみしい」と思う気持ちを知らなければいけないと思いました。

――やがて大学院生になった美苑は動物の研究に没頭する日々を送りますが、ある日、母から「半年以内に結婚しなさい」と驚愕の命が下されます。その結婚の条件が「ひとつ、相手は人間であること。ふたつ、共に暮らすこと」。人間であることはともかく、同居を結婚の条件にしたのはなぜですか。

上畠 結婚するうえでの最大の難関が「自分以外の人間と一緒に暮らすこと」だと思うんです。生活リズムを合わせ、家事を分担し、あいさつやコミュニケーションも取らなければいけない。価値観のすり合わせや許し合うことも必要になる。ふつうの人でも難しい試みを美苑にやらせることで、荒療治になって短期間で美苑を成長させられるのではと考えました。

――婚活なんて無理だ、と言う美苑にソノは「でも、結婚って制度でしょ。友達関係よりも、もしかして簡単なんじゃないの?」と答えます。美苑が変わるきっかけとして、「友達作り」ではなく「婚活」を選んだのはなぜですか。

上畠 美苑はイグアナのソノとは友達であると言えます。でもそれでは人間社会に属していることにはならない。ソノとの関係に閉じこもったまま生きていくことは不可能です。今回、美苑に婚活を通して試みてほしかったのは、「人間への帰属」みたいなことだったんです。友達という点において、美苑はソノとの関係で充足してしまっているので、それにはやっぱり「結婚」とか「家族になる」ということが必要でした。